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寺内 大左 氏
略 歴

寺内 大左

現職 :
筑波大学人文社会系 准教授
最終学歴 :
東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程単位取得退学(2014年)
主要職歴 :

2010年 日本学術振興会 特別研究院(DC2)

2013年 日本学術振興会 特別研究員(PD)

2016年 京都大学東南アジア研究所 研究員

2017年 東洋大学社会学部 助教

2021年 筑波大学人文社会系 准教授

       現在に至る

主な著書・論文
  1.  『開発の森を生きる――インドネシア・カリマンタン 焼畑民の民族誌』新泉社,2023.

  2. 「グローバル・コモディティの環境社会学」『環境社会学研究』27,2021.

  3. 「パーム油認証ラベルの裏側――文脈なき『正しさ』が現場にもたらす悪い化学反応」笹岡正俊・藤原敬大編『誰のための熱帯林保全か――現場から考えるこれからの「熱帯林ガバナンス」』新泉社,2021.

  4. 「焼畑民によるアブラヤシ農園開発の多様な意義づけ」林田秀樹編『アブラヤシ農園問題の研究II【ローカル編】――農園開発と地域社会の構造変化を追う』晃洋書房,2021.

  5. 「小規模農家を対象としたRSPO認証の課題と可能性」林田秀樹編『アブラヤシ農園問題の研究II【ローカル編】――農園開発と地域社会の構造変化を追う』晃洋書房,2021.

  6. 「東カリマンタンの石炭開発フロンティアにおける焼畑社会の再編――土地利用と労働・土地をめぐる社会関係に注目して」『東南アジア研究』58(1),2020.

  7. 「東カリマンタンの森林コモンズの軌跡――木材伐採・石炭開発に対する焼畑民の対応から」『白山人類学』23,2020.

  8. 「焼畑民によるアブラヤシ農園開発の受容――インドネシア東カリマンタン州・ベシ村を事例として」『東南アジア研究』55(2),2018.

  9. 「焼畑先住民社会における資源利用制度の正当性をめぐる競合――インドネシア東カリマンタン州・ベシ村の事例」『環境社会学研究』22,2017.

  10. 「農園農業――マレーシアとインドネシアのゴム農園とアブラヤシ農園」山本信人監修・井上真編『東南アジア地域研究入門1環境』慶応義塾大学出版会,2017.

  11. 「石炭開発に対する焼畑民の認識と対応――インドネシア・東カリマンタン州のベシ村を事例として」『林業経済研究』62(1),2016.

  12.  Terauchi, D., & Inoue, M. (2016). Swiddeners’ perception on monoculture oil palm in East Kalimantan, Indonesia. In T. K. Nath and P. O’Reilly (Eds.). Monoculture farming: Global practices, ecological impact and benefits/drawbacks. New York: Nova Science Publishers.

  13.  Terauchi, D., Imang, N., Nanang, M., Kawai, M., Sardjono, M. A., Pambudhi,F., & Inoue, M. (2014). Implication for designing a REDD+ program in a frontier of oil palm plantation development: evidence in East Kalimantan,Indonesia. Open Journal of Forestry, 4(3).

  14.  Terauchi, D., & Inoue, M. (2011). Changes in cultural ecosystems of a swidden society caused by the introduction of rubber plantation. TROPICS,19(2).

以上のほか、現在に至るまで論文著書多数

備考 :2014年 博士(農学) 東京大学

業績紹介

カリマンタンの森林保全と農村開発に関する学際的地域研究とその新展開」に対して

 

 

 

 寺内大左氏は、カリマンタンを主なフィールドとし、長期のフィールドワークに基づいて、森林保全と農村開発に関する学際的な地域研究をおこない精力的に発信してきた。

 

 学位論文に基づく単著『開発の森を生きる―インドネシア・カリマンタン 焼畑民の民族誌』(新泉社、2023年)は、スハルト以降の状況を踏まえた世界に類を見ない優れたカリマンタン地域研究である。2000年以降、カリマンタンの熱帯林と焼畑社会は、森林の皆伐が伴う企業によるアブラヤシ農園開発と石炭開発によって根本から改変されてきた。そして、開発とともに道路整備もすすみ、焼畑社会の市場経済化が進展してきた。また、スハルト独裁政権崩壊以後、民主化・地方分権化が進み、森や土地をめぐる焼畑民と企業の政治的パワーバランスが変化した。寺内氏は、このような激動の中で焼畑民がよりよい生活を求めて試行錯誤している様相(生計戦略)を人々の内的論理(生計論理)を踏まえて明らかにした。具体的には、農学、農村開発学、環境社会学、経済人類学のディシプリンを援用しながら、焼畑民の自然資源利用、企業による開発への対応、慣習的な資源利用制度、労働形態、日常の贈与・交換慣行を明らかにした。熱帯林の減少、生物多様性の損失、先住民の人権問題といった世界的な問題が渦巻くカリマンタンの現状を、人々の暮らしの次元から多角的に明らかにした本業績の学術的な価値は極めて高い。

 

 この業績は、カリマンタンの農村開発と熱帯林保全に関して実践的な含意をも提示している。まず、開発推進主体である企業と政府からすれば非合理的に見える焼畑民の開発への対応にも、実は不確実な生活環境を生きるための合理性があることを指摘している。これは、焼畑民と企業・政府との間の認識ギャップを埋め対話の礎を築くための基礎となるので、農村開発への重要な含意といえる。また、焼畑民が開発を生活の脅威であると同時に新たな経済機会としても認識し、前者を軽減しつつ後者を獲得するために上流の原生的な森林が残る地域で開発を受容している実態を明らかにした。こうして、人々の生計戦略に迫ることにより、「豊かな熱帯林が残る上流域で住民の合意を得ながら企業の開発が進む」という複雑で一見すると理解困難な現象を解きほぐし説得力ある解釈に成功したこと。これは熱帯林保全策への有効な含意であると評価できる。

 

 この業績には、さらに森林保全と農村開発の理論と実践に新たな展開も垣間見ることができる。かつて、東南アジアの農民像をめぐり、スコットのモラル・エコノミー論つまり生存の危機を極小化する「安全第一主義者」と、ポプキンのポリティカル・エコノミー論つまり個人的利益の増大を選好する「合理的農民論」の間で論争が行われた。本業績は、焼畑民が様々な変化に対応できる状態を良しとする「柔軟性」を重視する生計論理を有し、多様な選択肢の中から状況に応じて生計手段を選択することで、この両者を同時に実現しているという新しい農民像と行動論理を提示した。現在の森林保全や農村開発では住民参加が基本になっていることを考えると、住民の生計論理への理解を深めることは重要である。生活の柔軟性は、新たな一つの指針として今後の森林保全と農村開発の現場および理論展開の双方に貢献するであろう。つまり、寺内氏の地域研究は開発論や森林保全論として読み替えても高い価値を持ちうる研究として展開が期待される。

 

 また、寺内氏は、上記の業績でFPICの可能性に触れたが、実際には国の歴史的・政治的背景や先住民族社会の社会文化的特徴(地域性)とうまく合わないことも見えてきた。そこで、地域性にあわせた協議・FPICのガイドラインづくりを目指す研究プロジェクト(基盤研究(B))の研究代表者として、国際法学者や先住民研究者のチームを主導している。

 

 さらに、寺内氏は、アブラヤシ生産問題の解決策である国際資源管理認証制度の研究にも着手し、グローバル・コモディティ(国際商品)の採取・生産、加工・製造、消費、廃棄の現場で生じる環境・社会問題を各プロセスの相互関係から捉え、遠隔の利害関係者の連帯や協働をもとに問題解決を探求する「グローバル・コモディティの環境社会学」という新たな分野の必要性を主張している。マルチ・サイテッドな視点を有するこの分野は地域研究の新展開としても評価に値する。

 

 以上のように、寺内大左氏は、カリマンタンの森林保全と農村開発に関する分厚い記述に基づく学際的な地域研究を土台としつつ、自らの研究領域を広げるのみならず、他分野との協働による国際比較研究のリーダーとしても幅を広げており、今後の研究展開が期待できることから、選考委員会は大同生命地域研究奨励賞の授与を決定した。

 

  (大同生命地域研究賞 選考委員会)