- 現職 :
- 立命館大学大学院先端総合学術研究科 教授
- 最終学歴 :
- 京都大学大学院 アジア・アフリカ地域研究研究科(2007年)
- 主要職歴 :
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2007年4月~2010年3月 日本学術振興会 特別研究員
2010年4月~2012年3月 国立民族学博物館 機関研究員
2012年4月~2013年3月 国立民族学博物館 研究戦略センター 助教
2013年4月~2019年3月 立命館大学 先端総合学術研究科 准教授
2019年4月 立命館大学 先端総合学術研究科 教授
現在に至る
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「待機と賭け―タンザニアのインフォーマル経済のレジリエンスをめぐって」〔『レジリエンスは動詞である―アフリカ遊牧社会からの関係/脈略論アプローチ』,2024〕
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「時間を与え合う―商業経済と人間経済の連環を築く「負債」をめぐって」〔『負債と信用の人類学 人間経済の現在』,2023〕
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「手放すことで自己を打ち立てる―タンザニアのインフォーマル経済における所有・贈与・人格」〔『所有とは何か―ヒト・社会・資本主義の起源』,2023〕
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「語られないシェアが基盤となる社会」〔『住まいから問うシェアの未来── 所有しえないもののシェアが、社会を変える』,2021〕
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「エスノグラフィ」〔『文化人類学のエッセンス―世界をみる/変える』,2021〕
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「反自動化経済論──無料はユートピアをつくらない」〔『ゲンロン』12:226-246,2021〕
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An Informal Used-Car Trading System Between Hong Kong and East Africa Countries Using ICT」〔International Trade of Secondhand Goods: Flow of Secondhand Goods, Actors and Environmental Impact,2021〕
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The Logic of “Open Reciprocity” in the Tanzanian Union in Hong Kong and China〔Japanese Review of Cultural Anthropology 20(1), 2020〕
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Impact of Imported Chinese Furniture on the Local Furniture Sector in Arusha City, Tanzania: Focusing on the Strategies of Furniture Makers for Using Indigenous Timbers 〔African Study Monograph 55, 2018〕
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「SNSで紡がれる集合的なオートエスノグラフィ―香港のタンザニア人を事例として」〔『文化人類学』84(2),2019〕
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『チョンキンマンションのボスは知っている―アングラ経済の人類学』(2019,第8回河合隼雄学芸賞および第51回大宅壮一ノンフィクション賞受賞)
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「「他動力」―香港のタンザニア人たちの多動力」〔『現代思想』46(17), 2018〕
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「序にかえて―現代的な消費の人類学の構築に向けて」〔『文化人類学』83(2),2018〕
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『「その日暮らし」の人類学―もう一つの資本主義経済』(2016)
- 『都市を生きぬくための狡知―タンザニアの零細商人マチンガの民族誌』(2011,第33回サントリー学芸賞受賞)
以上のほか、現在に至るまで論文著書多数
備考 :2009年 京都大学博士(地域研究)
「東アフリカ諸国のインフォーマル経済に関する研究」に対して
小川さやか氏は、東アフリカ・タンザニアの都市零細商人が構築する商世界と生活世界をフィールドに、独自の参与観察法によってユニークな都市人類学、都市民族誌を開拓して以降、さらに視点を拡張してアフリカの小商人がグローバルな古着流通構造の中で生き抜く構造を明らかにしてきた。その後の研究においては、タンザニア商人が香港、中国、タイなどで形成するグローバルな商世界を、精緻なフィールドワークによって解明し、アフリカ地域研究をグローバルな文脈に接続する牽引者として活躍している。このような地域研究のマルチサイトな展開に加えて、ミクロな場面行動や、経済の基本原理などに対する深い理論的洞察と、ソーシャルメディアの活用や電子マネー、仮想通貨など、従来の地域研究が対象としてこなかった領域についても、新たな切り口でアプローチするなど、小川ワールドと言って良いほどの深みと厚みのある多彩な研究を蓄積し、発展させつつある。
デジタル化やグローバル化、南北格差の拡大の急激な進展の中で、地球規模の変化を対象とした地域研究を独特な方法で提示する小川氏の研究は、以下の4点にまとめることができる。
第一は、研究の初期段階に集中して行ったタンザニアの都市において、国家や国際機関の統制から逃れて展開するインフォーマルな経済世界を生きる人々の創意工夫に富んだ生き方を明らかにした研究である。市場経済の末端において互いに騙し合いながらも助け合う過程を、スワヒリ語で「ずるがしこさ」を意味する「ウジャンジャ」という価値観を切り口にダイナミックに考察したもので、以降の小川ワールドのベースとなるものだ。
第二は、第一の研究のスコープをより拡大し、東アフリカの零細な古着商人に焦点をあてながら、グローバルに発展している世界規模の古着マーケットに彼らがいかに参入し、それ自身を飼いならしていくかを分析した研究である。開発途上国、とりわけアフリカにおいて人々の生活に密着した大きな市場として古着市場がある。そしてこの市場は先進国を含めてグローバルな規模で複雑に構成されている。小川氏は、そこで見られる消費文化の変容メカニズムを解明し、そこからさらに「模造品」「コピー商品」の流通と消費行動を分析することで、現代世界の消費文化の実相を浮き彫りにして見せた。
第三は、タンザニアの都市商人が、東南アジア、東アジアに移動しながら構築していくインフォーマルな交易システムの研究である。タイ、香港、広州には、アフリカ各地からアジアの商品を買い付けるために、夥しい数のアフリカ人商人が訪問し、住み着いている。彼らはそこでSNSを駆使しながら独自の交易システムを築き上げる。そこにおいても、彼らは互いに出しぬき、騙し合いながらシェアリング経済を営んでいる。アジアとアフリカを結ぶこの独自のシステムとそれを支える思想(価値観)は、これまで見えてこなかったグローバル経済の生き生きとした一断面である。
小川氏が切り開いた第四の領域は、より理論的な挑戦である。アフリカ・アジアの精力的なフィールドワークに基づいて、いくつかの分野において独特の切り口で新しい理論的視座を提示している。それは、嘘をついたり、笑いを引き起こしたりする日常微細な場面行動に焦点をあてたミクロな社会的相互行為論の試案であったり、労働、所有、贈与、負債に関わる経済人類学の理論的刷新を目指す論考であったりする。近年では、規制の厳しい日本よりもはるかに自由な発展を遂げたスマホ金融や、そこで流通する仮想通貨や電子マネー、さらにはITを駆使した民族誌ゲームやメタバース民族誌の可能性を探求する研究に挑戦しつつある。
以上のように小川氏の研究は、一つの専門分野の枠に収まらない知的豊かさと、一つの地域に収まらない空間的広がりを包摂した新しい地域研究を開拓している。その社会的な影響も画期的なものとなっている。そのことは、これまでに、第33回サントリー学芸賞、第51回大宅壮一ノンフィクション賞、第8回河合隼雄学芸賞などの受賞歴からも証明されている。
以上のように独創的で卓越した研究業績を重ね、社会的にも現代地域研究の醍醐味を広く発信してきた小川氏が優れた研究能力を有していることは明らかであり、将来的にも現代そして未来世界を対象とした新しい地域研究の国際的牽引者となる研究者として期待できることから、大同生命地域研究奨励賞にふさわしい研究者として選考した。
(大同生命地域研究賞 選考委員会)