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坂口 安紀 氏
略 歴

坂口 安紀

現職 :
日本貿易振興機構アジア経済研究所 地域研究センター  主任調査研究員
最終学歴 :
修士号(MA)1990年 University of California, Los Angeles (UCLA), Dept. of Latin American Studies
主要職歴 :

1990年      日本貿易振興機構アジア経済研究所 入所

1995年~1997年 ベネズエラ中央大学開発研究所(CENDES) 博士課程

2009年~2011年 ベネズエラ中央大学開発研究所(CENDES)客員研究員

2011年~2012年 アジア経済研究所地域研究センターラテンアメリカ研究グループ グループ長代理

2012年~2018年 アジア経済研究所地域研究センター グループ長

2018年      アジア経済研究所地域研究センター  主任調査研究員

          現在に至る

主な著書・論文
  1. 「ベネズエラをめぐる大国の政策対応と思惑-米国・中国・ロシア」『ラテンアメリカ・レポート』38(2), 2022 :48-60.

  2. 「膠着化するベネズエラの政治経済危機:制度崩壊とインフォーマルな政治経済運営」『ラテンアメリカ・レポート』37(2), 2021 :1-19.

  3. 『ベネズエラ:溶解する民主主義、破綻する経済』中央公論新社2021.

  4. 「ふたりの大統領の間で揺れるベネズエラ:これは「終わりの始まり」なのか?」『ラテンアメリカ・レポート』36(1), 2019 :44-58.

  5. 「ベネズエラのチャベス政権と後継マドゥロ政権:競争的権威主義体からヘゲモニー体制へ」『国際問題』(676)2018: 26-34.

  6. (編著)『チャベス政権下のベネズエラ』アジア経済研究所2016.

  7. 「ベネズエラにおける参加民主主義:チャベス政権下におけるその制度化と変質」宇佐見耕一・菊池啓一・馬場香織編『ラテンアメリカの市民社会組織:継続と変容』アジア経済研究所2016.

  8. 「ベネズエラ:女性の権利拡大の歴史とボリバル革命(マガリ・フギンスとの共著)」国本伊代編『ラテンアメリカ21世紀の社会と女性』新評論2015: 345-360.

  9. (編著)『途上国石油産業の政治経済分析』岩波書店2010.

  10. 共編著)『図説ラテンアメリカ経済』日本評論社2009.

  11. 「ベネズエラ:ボリバル革命を支える国営ベネズエラ石油(PDVSA)のジレンマ」『ラテンアメリカ・レポート』2008年25(2): 55-66.

  12. 「ベネズエラのチャベス政権:誕生の背景と「ボリバル革命」の実態」遅野井茂雄・宇佐見耕一編『21世紀ラテンアメリカの左派政権:虚像と実像』アジア経済研究所2008年: 35-67.

  13. 「ベネズエラの石油産業:超重質油依存とチャベス政権の政策」星野妙子編『ラテンアメリカ新一次産品輸出経済論』アジア経済研究所2007年:215-252.

  14. 「ベネズエラの企業経営:経営組織と経営者」星野妙子・末廣昭編『ファミリー ビジネスのトップマネジメント:アジアとラテンアメリカにおける企業経営』岩波書店2006年:205-242.

  15. 「経済自由化の進展と政府・ビジネス関係の変化:ベネズエラ・コロンビアを中心に」小池洋一・堀坂浩太郎編『ラテンアメリカ新生産システム論:ポスト輸入代替工業化の挑戦』アジア経済研究所1999年:265-300.

以上のほか、現在に至るまで論文著書多数

業績紹介

「ベネズエラを中心とするラテンアメリカの政治経済研究」に対して

 

 

 

 坂口安紀氏は、南米ベネズエラの政治経済を専門とする地域研究の専門家である。坂口安紀氏は、勤務先のアジア経済研究所において入所した1990年より、一貫してベネズエラの政治経済変動について実証的な研究を積み重ねてきた。坂口氏が現れるまで、日本にはベネズエラの政治経済を専門とする研究者が存在しなかった。いわば、坂口氏は日本における現代ベネズエラ研究の開拓者であり、過去30年にわたり、同国に関する我が国の議論の先頭に立ち牽引してきた実績を持つ。

 

 坂口氏がベネズエラ研究を時間的な流れでまとめるとすれば、大きく二つの時期に分けられる。まず、研究者としてのキャリアを始めた1990年代の研究である。この時期のベネズエラでは、1950年代末以降、長期にわたり安定的に継続してきた二大政党制に支えられた民主主義政治が大きく揺らぐ。「21世紀の社会主義」を唱えることになる急進左派のウゴ・チャベスが1999年に大統領に就任すると、権威主義化の歩みが始まる。この頃、坂口氏は、ベネズエラが石油輸出国機構(OPEC)の一員でもあることから、その石油産業の動向や実態について分析を行い、その知見を礎に他の産油国との比較研究を開始した。国家と企業、中央と地方、という二つの関係性を軸とした成果は、編著『途上国石油産業の政治経済分析』にまとめられている。そこでの比較の対象は、ラテンアメリカ域内のエクアドルの他、ロシア、中国、インドネシア、ナイジェリアを含むなど、ユーラシアならびにアフリカ地域まで視野に収めるグローバルな研究に仕立てあげている。

 

 そうした地域間比較研究を受け、坂口氏が次なるテーマとして選んだのは、世界経済の動向に合わせて変動するベネズエラ経済、そしてチャベスの下で権威主義化が進む政治、さらにはその間の相互作用であった。二度にわたる長期の在外研究を含む継続的なフィールドワークによる成果を踏まえた実証的な分析としてまとめ、現地における状況の展開に合わせて、成果を継続的に公にしてきた点も地域研究の模範といえよう。

 

 とくに、チャベス登場後のベネズエラは、今世紀に入ると、不安定な社会状況に陥る。チャベス政権の支持、不支持という国論を揺るがす極端な分断が生まれ、これが、政治や社会一般に限らず、学問の世界、さらには一般家庭の親族レベルまで重くのしかかり、深い亀裂をもたらした。対立が固定化し長引く中で、その影響はベネズエラという一国の枠組みを超えて、他国のベネズエラ関係者、ラテンアメリカ関係者の間にも影響してきた。

 日本においても、ベネズエラに関する研究や報道においては、しばしばシニア世代の研究者を中心に、アメリカ合衆国の覇権に対する反発の立場から、チャベス政権に心情的に肩入れする傾向が認められ、権威主義的な傾向を強めたチャベスとその後継者について厳しい評価を下す坂口氏が孤高に自らの主張を披露する場面も少なからずあった。そのような厳しい現実を身近に感じるようになっても、対立する見解をふくむ様々なデータや情報を可能な限り収集し、またベネズエラ政府による統計が公表されていない事項については、公平性をつねに念頭に置くデータ収集に努め、説得性の高い議論を展開してきた。実証的な学術研究の成果に依拠したゆるぎない姿勢を決して崩すことがなかったことは賞賛に値する。

 

 こうした坂口氏の研究は、現地における情勢の展開状況に呼応する形で発表された20編を超える雑誌論文ならびに2冊の編著『2012年ベネズエラ大統領選挙と地方選挙:今後の展望』、『チャベス政権下のベネズエラ』に結実している。

その集大成として出版した『ベネズエラ:溶解する民主主義、破綻する経済』は、チャベス政権とその後のベネズエラを主題に、政治、経済のみならず、社会開発、歴史・思想、石油産業、国際関係までも論じた包括的な現代ベネズエラ論である。一般読者をも意識した書きぶりながら、論拠を提示したうえで首尾一貫した議論と分析を行っており、学術水準が十分に担保されている。そのためベネズエラ研究の第一人者による本格的な研究分析としてばかりでなく、進歩主義的とみなされる研究者からも「様々なデータにもとづく説得的な分析」と評価され、現在では現代ベネズエラ研究のスタンダードワークとなっている。

 本年5月末にブラジルで開催された南米諸国首脳会議でも、主要な議題の一つがベネズエラ問題であった。チャベスの後継者であるマドゥロによる社会への抑圧と人権侵害から多くの難民が生まれ、ラテンアメリカ各国は、ベネズエラ移民の扱いに苦慮している。ベネズエラ問題が、一国の問題にとどまることなく、ラテンアメリカという広大な地域における政治経済問題に発展しその行方に大きな影響を及ぼしている現在、坂口氏の研究が持つ意義はますます高まってきているといえよう。

 

 以上のように、坂口氏が進めてきたベネズエラに関する実証的な研究レベルの高さ、そして広く一般社会への波及効果を考えたとき、その学問的功績は極めて顕著であり、今後の研究の発展が期待できる。よって、選考委員会は一致して大同生命地域研究奨励賞を授与することを決定した。

 

  (大同生命地域研究賞 選考委員会)