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河合 洋尚 氏
略 歴

河合 洋尚

現職 :
東京都立大学 人文社会学部 准教授
最終学歴 :
東京都立大学社会科学研究科博士課程(2009年)
主要職歴 :

2008年 中国嘉応大学客家研究院 専任講師

2013年 国立民族学博物館研究戦略センター 助教

2017年 国立民族学博物館グローバル現象研究部 准教授

2021年 東京都立大学人文社会学部 准教授

       現在に至る

主な著書・論文
  1. 『<客家空間>の生産――梅県における「原郷」創出の民族誌』、単著、風響社、2020

  2. 『客家族群与全球現象――華僑華人在「南側地域」的離散与現状(客家とグローバル現象――「南側地域」における華僑華人の移住と現在)』日中両語、共編、国立民族学博物館調査報告、2020

  3. 『客家――歴史・文化・イメージ』、共著、現代書館、2019

  4. 『資源化される「歴史」――中国南部諸民族の分析から』、 共編、風響社、2019

  5. 『Family, Ethnicity, and State in Chinese Culture Under the Impact of Globalization』,co-edit, Bridge 21 Publications, 2017

  6. 「越境集団としてのンガイ人――ベトナム漢族をめぐる一考察」、『アジア・アフリカ地域研究』17(2) 、2018

  7. 『中国地域の文化遺産――人類学の視点から』、共編、国立民族学博物館調査報告、2016

  8. 「景観の競合と相律――『客家の故郷』における一考察」、『文化人類学』81(1) 、2016

  9. 『景観人類学――身体・政治・マテリアリティ』、編著、時潮社、2016

  10. 『全球化背景下客家文化景観的創造――環南中国海的個案』、共編著、暨南大学出版社、2015

  11. 「ベトナムの客家に関する覚書――移動・社会組織・文化創造」、『華僑華人研究』11、2014

  12. 「客家建築与文化遺産保護――景観人類学視野」、『学術研究』341、2013

  13. 「空間概念としての客家――『客家の故郷』建設活動をめぐって」、『国立民族学博物館研究報告』37(2) 、2013

  14. 『日本客家研究的視角与方法――百年的軌跡』、編著、社会科学文献出版社、2013

  15. 『景観人類学の課題――中国広州における都市環境の表象と再生』、単著、風響社,2013

以上のほか、現在に至るまで論文著書多数

備考 :2009年 社会人類学博士(東京都立大学)

業績紹介

「中国・客家の国際的ネットワークと「原郷」空間創出を事例とした、グローバル化時代の新しい地域研究の創成」に対して

 

 

 

 河合洋尚氏は、文化人類学的な中国研究から出発し、景観を切り口とした独自の方法論を活用して、特定の空間の生産を通して民族、文化、アイデンティティが生成されていく過程を、広東省梅県における客家社会の精密なフィールドワークによって解明した優れた地域研究者である。その空間を生きる人々がグローバル化に対応して、状況を主導的に意味付け新たな世界を構築していくダイナミズムを解明することに成功した。河合氏はこうした一連の優れたフィールドワークとその分析、さらにはその成果の積極的な社会還元によって、グローバル化時代の新しい地域研究のモデルを確立しつつある。河合氏の独創的で画期的な研究と方法は、日本発のモデルとして、国際的な地域研究の発展に対して大きな刺激と貢献をもたらしている。河合氏が作り上げつつあるグローバル化時代の新しい地域研究のより具体的で独創的な成果は、以下の4点にまとめられる。

 

 第一は、日本において、継続的かつ本格的に景観と景観論を社会、文化研究に取り入れることで、自然環境を含む多様な非人間的要素を対象にした視点への転換を図ろうとした点である。例えば日本における文化人類学の分野においては、景観を対象とする研究がまとまって登場するのは1990年代、景観人類学というサブ領域が明確に確立されるのは21世紀に入ってからのことだ。河合氏は、これまでの社会、文化の研究が、人間の存在と活動を無条件に前提としてきたことで、多くの要素を視野から除外してきた点を批判して、より深く人間と社会にアプローチするために、景観—空間論的方法に着目し独自の解釈と改変を加えて優れた方法に鍛え上がることに成功した。

 

 独自の解釈と改変に貢献したのが、第二の成果である客家研究のグローバルでマルチサイトな展開である。河合氏は、2004年に広東省広州市の広府人を対象にした都市人類学的研究を開始し、2008年からは広東省東端の梅県とその周辺地域の客家地域における本格的なフィールド調査に着手した。そこで作り上げたのが第一の景観論的発想を基にした客家社会・文化へのアプローチであった。従来、梅県は客家世界の中心、「原郷」として認識されていた。しかし河合氏は、そのイメージが20世紀後半のグローバル化の進展の中で「客家空間」として構築されたものであり、その地域空間性によって、後から客家文化、客家アイデンティティ、客家的行動・思考様式が再創造されていったことを、親族、儀礼、風水、信仰、墓地、そして景観という個別テーマの綿密なデータによって実証した。さらに重要なのは、そうした構築主義的指摘にとどまらず、「客家空間」で生きる人々がそうした「発明された伝統」を受容するのは実は表面的であり、その深層は、人々自身が自らの「場所(自分たちの個別の世界)」を維持・生成するために、この「発明」を複雑に生きているメカニズムを明らかにしたことである。

 

 第三の成果は、この客家空間の研究を、梅県を媒介にして、世界各地に散在する客家コミュニティの実相とネットワークの研究に広げるマルチサイトな民族誌の実践に繋げることによって、グローバル化時代の地域研究の一つのモデルを提起している点である。河合氏は、2011年以降、東南アジア、オセアニア、ラテンアメリカ地域の12カ国において客家コミュニティの調査に着手している。広東省から客家が東南アジア、環太平洋地域に移住を開始した歴史的経緯を追跡し、当時の世界の政治経済構造の変化と重ね合わせる作業と、20世紀末のグローバル化の急進展と中国における改革開放の進展に合わせて移住した経緯の分析を総合することで、これまでほとんど未着手であったベトナム、タヒチ、ニューカレドニア、ペルーなどで重要な「客家空間」の構築過程を調査し、英語、中国語、日本語で成果を継続的に発信している。

 

 

 河合氏の第四の成果は、調査対象者、調査対象コミュニティに対する成果還元における新しい試みである。従来の研究成果の社会還元は、講演や書籍、論文の公表などが主流であったが、河合氏は、より積極的なコミットメントと調査対象者・コミュニティとの協働を追求することで、学術研究と社会との繋がりのあり方に新しいモデルを提案している。その具体的な活動は、客家団体の外部メンバーとして資料の保存や会誌の作成に参画することから、日本の国立民族学博物館や台湾客家文化館における展示や講演、芸術祭などの企画運営を客家の人々と共に行う活動を組織することまで、幅広い活動におよび、その全ての段階において研究者自身が研究対象者とともに関与する方法を確立してきた。

 

 河合氏は、客家研究を単なる中国研究、華僑研究の枠組から拡張し、東アジアのみならず、東南アジア、オセアニア、ラテンアメリカ地域の客家コミュニティを対象にし、そこに客家空間を創造することでグローバル化に伴う世界の急激な構造変化に対応していく複雑な仕組みを明らかにした。このようなグローバルな視野を地域研究に具体的に取り入れ見事に実践する手法は、21世紀の地域研究の新たな、そして豊かな可能性を体現しているといえよう。

 

 以上のように挑戦的で卓越した研究業績を重ねてきた河合氏が優れた研究能力を有していることは明らかであり、将来的にも客家世界を対象とした地域研究の国際的牽引者となる研究者として期待できることから、大同生命地域研究奨励賞にふさわしい研究者として選考した。

 

  (大同生命地域研究賞 選考委員会)