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大石 高典 氏
略 歴

大石 高典

現職 :
東京外国語大学 大学院総合国際学研究院 准教授
最終学歴 :
京都大学大学院理学研究科生物科学専攻博士後期課程研究指導認定退学(2008年)
主要職歴 :

2008年 京都大学 こころの未来研究センター 特定研究員

2014年 総合地球環境学研究所 プロジェクト研究員

2016年 東京外国語大学 世界言語社会教育センター 特任講師

2020年 東京外国語大学 大学院総合国際学研究院 准教授

       現在に至る

主な著書・論文
  1. 『焼畑が地域を豊かにする――火入れからはじめる地域づくり』,鈴木玲治,増田和也,辻本侑生との共編著,実生社,2022年

  2. 「媒介者としてのハチ――人=ハチ関係からポリネーションの人類学へ」,『文化人類学』, 86巻1号, pp. 76-95., 2021

  3. 「教室にフィールドが立ち上がる――アフリカ狩猟採集社会を題材にした演劇手法を用いたワークショップ」, 飯塚宜子、園田浩司、田中文菜との共著,『文化人類学』, 85巻2号, pp. 325-335.,2020年

  4. 『アフリカの森の女たち――文化・進化・発達の人類学』,ボニー・ヒューレット著:服部志帆,戸田美佳子との共訳,春風社,2020年

  5. 『アフリカで学ぶ文化人類学――民族誌がひらく世界』, 松本尚之、佐川徹、石田慎一郎、橋本栄莉との共編著,昭和堂, 2019年

  6. 『犬からみた人類史』, 近藤祉秋,池田光穂との共編著,勉誠出版, 2019年

  7. 「コンゴ盆地におけるピグミーと隣人の関係史――農耕民との共存の起源と流動性」池谷和信編『狩猟採集民からみた地球環境史――自然・隣人文明との共生』東京大学出版会,pp. 128-141.,2017年

  8.   Ethnoecology and ethnomedicinal use of fish among the Bakwele of southeastern Cameroon, Revue d'ethnoécologie, 10号(Online), 2016

  9.   Aspects of interactions between Baka hunter-gatherers and migrant merchants in southeastern Cameroon, Senri Ethnological Studies, 94号, pp. 157-175., 2016年
  10. 『民族境界の歴史生態学―カメルーンに生きる農耕民と狩猟採集民』, 京都大学学術出版会,2016年

  11.  「ゾウの密猟はなぜなくならないか─カメルーンにおける密猟取り締まり作戦と地域住民─」阿部健一,竹内潔,柳澤雅之編『森をめぐるコンソナンスとディソナンス-熱帯森林帯地域社会の比較研究』CIAS Discussion Paper Series 59. 京都大学地域研究統合情報センター.pp. 15-21.,2016年

  12.  A preliminary report on the distribution of freshwater fish of the Congo river: Based on the observation of local markets in Brazzaville, Republic of the Congo. 萩原幹子との共著, African Study Monographs, Supplimentary Issue, 51号, pp. 93-105. 2015年

  13.  From ritual dance to disco: Change in habitual use of tobacco and alcohol among the Baka hunter-gatherers of southeastern Cameroon. 林耕次との共著, African Study Monographs, Supplimentary Issue, 47号, pp. 143-163.,2014年

  14. Sharing hunger and sharing food: Staple food procurement in long-term fishing expeditions of Bakwele horticulturalists in southeastern Cameroon.African Study Monographs, Supplimentary Issue, 47号, pp. 59-72.,2014年

  15. 「【人間ゴリラ】と【ゴリラ人間】―アフリカ熱帯林における人間=動物関係と人間集団間関係の混淆―」奥野克巳,山口未花子,近藤祉秋編『人と動物の人類学』春風社,pp. 93-129.,2012年

  16.   Cash crop cultivation and interethnic relations of the Baka Hunter-Gatherers in southeastern Cameroon. African Study Monographs, Supplimentary Issue, 43号, pp. 115-136., 2012年
  17. 「森の「バカンス」――カメルーン東南部熱帯雨林の農耕民バクウェレによる漁撈実践を事例に」木村大治,北西功一編『森棲みの社会誌―アフリカ熱帯林の人・自然・歴史Ⅱ』京都大学学術出版会,pp. 97-128.,2010年

以上のほか、現在に至るまで論文著書多数

備考 :2014年 京都大学博士(地域研究)

業績紹介

「中央アフリカ熱帯林地域の人と自然の相互作用に関する研究を通したアフリカ地域研究の深化と発展への貢献」に対して

 

 

 大石高典氏は、カメルーン東南部の熱帯林地域社会を対象に、自然科学、人文学、社会科学の視点を総合させる手法を用いて、人と人、人と自然の共存メカニズムを解明してきた。専門分化が進んでいる学術界において、大石氏は地域研究の可能性をさらに拡げようとしている卓越した研究者である。

 大石氏は、2002年からこの地域におけるフィールドワークを続けているが、この地域では1994年以降、日本の生態人類学者が、狩猟採集民社会の組織的研究に着手し優れた成果をあげてきた。日本におけるアフリカ熱帯林のピグミー系狩猟採集民研究は、1972年以降、ザイール(現在のコンゴ民主共和国)、コンゴ共和国での調査研究を経て、現在はカメルーン東南部のバカ・ピグミー社会を対象にして精力的に展開されている。

 こうした研究の蓄積の上に立って大石氏は、従来の生態人類学的研究の射程を拡大深化させ、生態的視点のみならず、複数のアクターの社会的葛藤と外世界との接触による歴史的変容を含む全体的視野に立った地域研究として、新しい領域を構築しつつある。大石氏の地域研究の画期的な意義は、以下の三点である。

 第一は、方法論的な意義である。地域研究は、本来、自然科学、社会科学、人文学といった学術分野によって分断されない総合学としてある。しかしながら、地域社会を構成する多様で異質な要素とその複雑な連関を読み解く方法は確立されていない。この難点を克服するために、大石氏が採用したのが自ら「犬も歩けば棒に当たる」方式と称する方法で、知的好奇心をはりめぐらせてフィールドで遭遇するあらゆる現象、事象、出来事の深奥を知ろうとするものだ。これは、生態人類学の分野にとどまらず、総合学としての地域研究にとっても決定的に重要である。その方法論に基づいて、大石氏は、廃村跡の遺物の考古学的解析、フランス委任統治時代の行政文書の検討の他にも、漁撈研究、民族動物学、地域経済学、土地の権利問題、嗜好品文化など、フィールドで見えてきた疑問を解くために、あらゆる知識と方法を活用する。それは、フランスによる統治以前の伝統社会のダイナミズムの解明から、委任統治、独立、国民国家の樹立、資本主義経済の浸透、グローバル化の影響という今日までこの地域に外部世界から押し寄せてきた巨大な力の分析とそれに向き合ってきた地域の政治、経済、文化の変容までも同時に射程に入れて考察するもので、地域研究の可能性を見事に提示している。

 大石氏の研究の第二の意義は、アフリカのピグミー系狩猟採集民研究の深化・発展に関わるものだ。これまでの研究では、狩猟採集民と周辺に居住する農耕民との関係について多くの知見が蓄積されてきた。そこには社会経済的に優位な立場にある農耕民と劣位に置かれた狩猟採集民との関係性のあり方が主要なテーマとなってきた。そこにある大きな問題関心は「異なるものとの共生」である。社会においては、人は常に他者と関わることで存在を可能にする。しかし立場や利害、力関係の異なるもの同士は、いかに共生できるのだろうか?狩猟採集民と農耕民との関係性の研究も、この問いに応えようとしたものだった。大石氏は、これまでの農耕民—狩猟採集民関係研究が、狩猟採集民の立場(あるいは農耕民の立場)から関係を捉えてきたことを反省して、それぞれの立場に身を置いた複眼的調査研究を実施し、両者の言い分を地域のコンテキストと付き合わせて描くことに成功している。

 すでに主生業としての狩猟採集活動は行なっていない狩猟採集民は、その点では農耕民と変わりないにもかかわらず、お互いを異なる存在として認識し行為するのはなぜか。また狩猟採集民社会の社会原理である平等主義と、カカオやゴムなどの商品作物栽培のもたらす市場主義とが両立するのはなぜか。こうした共存について、大石氏は、異なるもの(存在や原理)が異なることであり続けながら「ともに在る」ことを可能にする、両者を包み込む自然と社会を貫く論理を構想している。これも今後の地域研究にとって重要な提案である。

 大石氏の研究の第三の意義は、研究にとどまらない地域研究の可能性を拡張した点にある。大石氏は、研究者が研究成果を一方的に発信するのではなく、社会と連携・協働をすることで研究をさらに発展させていく超学際的スタイルを採用する。例えば、カメルーン研究者のみならず、ファシリテータや俳優との共同研究として進めている、京都の小学生にカメルーンの狩猟採集民社会の情報と知識を伝え、その一員として振舞うことで異文化理解を深める演劇的手法の実験は、その象徴的なものだろう。

 以上のように大石氏の研究は、緻密で手堅いフィールドワークに基づき、学際、超学際的方法で多種多様なテーマに挑戦し、地域研究を発展させてきた。大石氏が将来的にも地域研究のさらなる発展に大きく貢献する研究者として期待できることから、大同生命地域研究奨励賞にふさわしい研究者として選考した。

 

  (大同生命地域研究賞 選考委員会)