「東アジアにおける独創的な人-動物関係論の構築と展開」に対して
 
 
 卯田宗平氏は、民俗学や人類学の方法論に基づき徹底したフィールドワークによって中国大陸を軸とした東アジア圏の地域研究を精力的に展開してきた。特に東アジアにおける鵜飼文化については、先行の研究がないなかその全体像を初めて明らかにし、そこからより普遍的な人-動物関係論やドメスティケーションの生起をめぐる新たな解釈枠組みを導き出した点が高く評価できる。また、その研究過程において、民俗学・人類学的な手法だけではなく、鳥類学や動物行動学の成果、リモートセンシングの技術など学際的なアプローチを積極的に採用してきたことも、地域研究の新たな展開として高く評価できよう。
 卯田氏が研究対象としてきた鵜飼文化とは、漁の技術や知識、ウミウやカワウの生態や行動、淡水魚の生息環境、流通体制、魚食文化、社会体制や表象、観念を含む有形・無形の文化要素の総体である。歴史的には、諸説はあるが定着農耕が発達した新石器時代まで遡るともいわれ、現在では複雑な要素が絡み合う文化である。これに対して、卯田氏は2005年より長江中下流平原や華北平原、四川盆地、雲貴高原などをまわり、130か所以上の鵜飼を探して記録し、技術の地域的な共通性と相違性を明らかにした。こうした広域調査と並行して、中国最大の淡水湖である江西省鄱陽湖においても定点調査を続け、激動の現代中国を生きぬく鵜飼い漁師たちの生きざまを民族誌『鵜飼いと現代中国―人と動物、国家のエスノグラフィー』(2014年、東京大学出版会)としてまとめた。
 さらに、この成果を起点として、日本各地や東欧に位置する北マケドニア共和国の鵜飼調査も進め、漁の技術や知識、鵜の生態、鵜飼が成りたつ条件を明らかにした。そして、三か国の地域間比較を踏まえながら「動物捕獲のしにくさ」という条件が生殖介入(ドメスティケーション)を動機づけることを人類史的な枠組みのなかで明らかにした点にスケールの大きさを認めることができる。実際、この解釈枠組みは「捕まえやすいから生殖に介入する」という先行の議論を反転させた点に独自性がある。こうした一連の成果は『鵜と人間―日本と中国、北マケドニアの鵜飼をめぐる鳥類民俗学』(2021年、東京大学出版会)にまとめた。
 これにとどまらず、卯田氏は一連の鵜飼研究にもとづき、動物の野生性を保持する、という動物と人間とのかかわりの論理を新たに導きだした。そのうえで、生物学や植物学、魚類学、地理学、医学を専門とする研究者による学際的な共同研究「もうひとつのドメスティケーションー家畜化と栽培化に関する人類学的研究」(国立民族学博物館、2016年-2019年)を主導し、野生性の保持という動物利用の論理がより広範な事例に適応可能であることを初めて明らかにした。この視座は、欧米の研究者らが見過ごしてきたものであり、東アジアの鵜飼文化から大きく論理展開した点が極めて独創的である。この成果は『野生性と人類の論理―ポスト・ドメスティケーションを捉える4つの視座』(2021年、東京大学出版会)にまとめた。
 以上のような調査研究だけでなく、卯田氏はアジア地域の環境問題や外来生物問題、食文化の変容など喫緊の問題群を『アジアの環境研究入門―東京大学で学ぶ15講』(編著、2014年、東京大学出版会)や『外来種と淡水漁撈の民俗学―琵琶湖の漁師にみる「生業の論理」』(2021年、昭和堂)といった教科書や学術書などにまとめる取り組みも続けている。これらの成果は、3冊の単著、3冊の編著、30編ほどの学術論文(日本語、英語、中国語)で公表されてきた。
 くわえて、一連の研究成果を展示『現代中国を、カワウと生きる―鵜飼い漁師の技』(国立民族学博物館、2022年6月30日-8月2日)や『中国の鵜飼―卯田宗平フォトコレクションから』(長良川うかいミュージアム、2018年9月5日-11月5日)などの開催と通して一般に公開してきたほか、各種雑誌の記事として多く公表している。さらに、岐阜県岐阜市や関市、京都府宇治市の専門委員会委員として鵜飼技術の継承と発展計画の取りまとめに長年従事するなど実践面での豊かな経験をもっており、それが学術研究面での展開を後押ししてきたと理解できる。
 以上のように、調査・理論・実証・実践の面で卓越した成果を挙げてきた卯田氏には、今後も中国、日本、東欧を対象とする地域研究の国際的牽引者となることが期待できることから、選考委員会は大同生命地域研究奨励賞の授与を決定した。
 
  (大同生命地域研究賞 選考委員会)