- 現職 :
- 慶應義塾大学文学部 准教授
- 最終学歴 :
- 京都大学大学院 アジア・アフリカ地域研究研究科 五年一貫制博士課程修了(2009年)
- 主要職歴 :
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2010年 日本学術振興会 特別研究員PD
2011年 京都大学大学院 アジア・アフリカ地域研究研究科 助教
2014年 慶應義塾大学 文学部 助教
2018年 慶應義塾大学 文学部 准教授
- 現在に至る
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2019「エチオピアにおける食料安全保障政策と激変する農牧民の生活―大規模開発事業との関係に注目して」『アフリカ研究』95: 13-25
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Sagawa, Toru 2019 Waiting on a friend: Hospitality and gift to the ‘enemy’ in the Daasanach. Nilo-Ethiopian Studies 23: 1-16
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2019 「『男らしさ』を相対化する―ダサネッチの戦場体験」太田至・曽我亨(編)『遊牧の思想―人類学がみる激動のアフリカ』昭和堂、pp. 215-236
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2019 「戦争と平和―人はなぜ戦うのか」松村圭一郎・中川理・石井美保(編)『文化人類学の思考法』世界思想社、pp. 124-136
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2018「友を待つ―東アフリカ牧畜社会における「敵」への歓待と贈与」『哲學』140: 147-183
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2018 「フィールドワーク論」桑山敬己・綾部真雄(編)『詳論 文化人類学』ミネルヴァ書房、pp. 233-246
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2016 「フロンティアの潜在力―エチオピアにおける土地収奪へのローカルレンジの対応」遠藤貢(編)『武力紛争を越える―せめぎ合う制度と戦略のなかで』京都大学学術出版会、pp.119-149
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2015 「紛争多発地域における草の根の平和実践と介入者の役割―東アフリカ牧畜社会を事例に」『平和研究』44: 1-19
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2015 「現代アフリカにおける土地をめぐる紛争と伝統的権威―特集にあたって」『アジア・アフリカ地域研究』14(2): 169-181
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2012 「『敵』と結ぶ友人関係―東アフリカの紛争多発地域で生存を確保する」速水洋子・西真如・木村周平(編)『講座生存基盤論3 人間圏の再構築』京都大学学術出版会、pp.183-206
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2011 『暴力と歓待の民族誌―東アフリカ牧畜社会の戦争と平和』昭和堂
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Sagawa, Toru 2010 Local potential for peace: Trans-ethnic cross-cutting ties among the Daasanech and their neighbors. In Christina Echi-Gabbert and Sophia Thubauville (eds.) To Live with Others: Essays on Cultural Neighborhood in Southern Ethiopia. Rüdiger Köppe Verlag. pp.99-127
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Sagawa, Toru 2010 Local order and human security after the proliferation of automatic rifles in East Africa. In Malcolm McIntosh and Alan Hunter (eds.) New Perspectives on Human Security. Greenleaf. pp.250-258
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Sagawa, Toru 2010 Automatic rifles and social order amongst the Daasanach of conflict-ridden East Africa. Nomadic Peoples 14(1): 87-109
- Sagawa, Toru 2010 War experiences and self-determination of the Daasanach in the conflict-ridden area of northeastern Africa. Nilo-Ethiopian Studies 14: 19-37
以上のほか、現在に至るまで論文著書多数
備考 :2009年 京都大学 博士(地域研究)
「東アフリカ牧畜地域の紛争と平和に関する研究」に対して
佐川徹氏は、2001年から東アフリカの地域社会を対象として、主に文化人類学的観点から実証的研究を進めてきたアフリカ地域研究者である。
佐川氏が一貫して研究対象としてきたのは、この時期に激しい紛争を経験し社会の根幹を揺るがされてきたエチオピアとケニア、南スーダンの国境付近に位置する牧畜社会ダサネッチである。
東アフリカ牧畜地域は、国際的にも世界でもっとも人間の安全保障が脅かさた地域として言及され、紛争の頻発や極度の貧困など多様な課題を抱えた地域として知られる。同氏は、国民国家のそして国際社会の最周縁地域に生きる人びとの日常生活の現場を拠点として、長期にわたるフィールドワークを継続し、優れた研究業績をあげてきた。
佐川氏のこれまでの多岐にわたる研究業績は大別すると三つの研究関心にわけることができる。
第一の研究関心は、地域の集団間関係の論理を動態的に解明した精緻で詳細な研究である。東アフリカ牧畜地域の集団間関係についての先行研究は多く存在するが、その中心的なアプローチは民族レベルの関係に焦点をあてたものだった。
それに対して佐川氏は、個人レベルの視点を研究に取りいれ、個人の社会関係や経験、感情の推移などが、集団間の紛争と平和の動態に決定的に重要な役割を果たしていることを説得的に示した。
この地域の牧畜社会には敵集団と戦うことを称揚する文化装置が存在するが、個人レベルでみれば過去の戦場体験に依拠して戦いに行くことをやめる個人がおり、また人びとは各人の決定を相互に受容する態度を共有している。
さらに、人びとは集団レベルでは敵に分類される民族の成員との間にも、友人関係や通婚関係、養子関係など多様な関係を築いている。これらの個人間の社会関係が、集団間関係の回復に大きく貢献していることを実証的に提示した佐川氏の研究は、国際的にみても先駆的なものである。
第二の関心テーマは、地域社会が有する平和の潜在力を探る研究である。佐川氏は、暴力を抑止したり共存を達成したりするための牧畜民による多様な実践を描き、それを「人びとが有する平和に向かうローカルな潜在力」として提示した。
同氏は、地域社会に銃が流入する歴史的過程を再構成したうえで、強い殺傷力をもつ火器の導入が、紛争の現場を無秩序化したわけではないこと、人びとが多様な理由からむきだしの暴力の行使を自制するようになったことを明らかにしてみせた。また、今世紀に入り頻繁に実施されている政府や国際組織、NGOによる平和構築を目的とした介入においては、しばしば「排他的」と指摘される牧畜社会がじつは、状況に応じて住民相互の協力を構築してきたことを例示した。
このような佐川氏の研究から、実地調査に根ざした地域研究が、紛争多発地域における平和構築に寄与する知見が提供できることが示されたのである。
第三の研究関心は、大規模開発事業が地域社会に与える影響に関する研究である。21世紀に入り急速な経済成長を進めるアフリカでは、これまで中央政府からなかば放置されてきた辺境地域も大規模な開発事業の対象とされている。佐川氏が調査を進めるダサネッチ社会も、2000年代後半から大陸全土で進行している国家や大企業による土地収奪に加えて、大規模なダム開発や食料・現金の直接給付政策の対象地域となった。
佐川氏は、これらの事業によって地域社会の生活が劇的に変容する過程を、住民の事業に対する多様な意見や対応に丁寧に寄り添いながら分析を試みている。国家主導で強権的に進められる開発事業に関する調査はしばしば困難をともなうが、長期の実地調査をとおして築きあげた住民との信頼関係に基づく同氏の研究成果は、国際的にもきわめて貴重な知見を提供している。
さらに同氏は、これら多様な研究成果を国内外で積極的に発信している。
遊動民研究を世界的にリードする国際ジャーナルNomadic Peoplesに掲載された佐川氏の論文は高い評価を得ている。また第三の研究関心について、同氏は21世紀のフロンティア地域の動態を地域間比較するための研究プロジェクトにも中心メンバーとして関与し、東南アジア地域研究や南アジア地域研究、中南米地域研究との協同と連携を推進している。
以上のように堅実で卓越した研究業績を重ねてきた佐川氏が優れた研究能力を有していることは明らかであり、将来的にも地域研究のさらなる発展に貢献する研究者として期待できることから、大同生命地域研究奨励賞にふさわしい研究者として選考した。
(大同生命地域研究賞 選考委員会)