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名和 克郎 氏
略 歴

名和 克郎

現職 :
東京大学 東洋文化研究所 教授
最終学歴 :

東京大学大学院 総合文化研究科 超域文化科学専攻 博士課程修了(1999年)

主要職歴 :

2000年 日本学術振興会特別研究員(PD)

2000年 東京大学 東洋文化研究所 助教授

2007年 東京大学 東洋文化研究所 准教授

2013年 東京大学 東洋文化研究所 教授

     現在に至る
主な著書・論文
  1.  Effects of Translation on the Invisible Power Wielded by Language in the Legal Sphere: The Case of Nepal.〔Janny H. C. Leung and Alan Durant eds. Meaning and Power in the Language of Law. Cambridge University Press, pp. 95-117, 2018〕   

  2. 『体制転換期ネパールにおける「包摂」の諸相─言説政治・社会実践・生活世界』〔三元社, 編著, 2017〕

  3. Triangulating the Nation State through Translation: Some Reflections on “Nation”, “Ethnicity”, “Religion”, and “Language” in Modern Japan, Germany and Nepal.〔Internationales Asienforum/ International Quarterly for Asian Studies 47, no. 1+2: 11-31, 2016〕

  4. Pollution, Ontological Equality, or Unthinkable Series? Notes on Theorizations of South Asian Societies by Three Japanese Anthropologists.〔International Journal of South Asian Studies 7: 31-57, 2015〕

  5. ネパール領ビャンスにおける「政治」の変遷─村、パンチャーヤト、議会政党、マオイスト. 〔南真木人・石井溥編『現代ネパールの政治と社会─民主化とマオイストの影響の拡大』 明石書店, pp. 175-206, 2015〕

  6. ネパールの「デモクラシー」を巡って─用語・歴史・現状〔『現代インド研究』5: 69-87, 2015〕

  7. 『東京大学東洋文化研究所所蔵 社団法人ネパール協会旧蔵資料目録』〔東京大学東洋文化研究所附属東洋学研究情報センター, 編著, 2013〕

  8. 『生業と生産の社会的布置─グローバリゼーションの民族誌のために』〔岩田書院, 松井健・野林厚志との共編著, 2012〕

  9. ネパール領ビャンスのランを巡る言語状況の変遷と文字使用.〔砂野幸稔編『多言語主義再考─多言語状況の比較研究』 三元社, pp.379-406. 2012〕

  10. 『グローバリゼーションと〈生きる世界〉─生業からみた人類学的現在』〔昭和堂, 松井健・野林厚志との共編著, 2011〕

  11. ランの葬送儀礼における時空間の構成とその変化に関する試論. 〔西井凉子編『時間の人類学─情動・自然・社会空間』 世界思想社, pp.358-382. 2011〕

  12. Nepalis Inside and Outside Nepal: Social Dynamics in Northern South Asia Vol. 1.〔Manohar, co-edited with Hiroshi Ishii and David N. Gellner. 2007〕 

  13. Political and Social Transformations in North India and Nepal: Social Dynamics in Northern South Asia Vol. 2〔Manohar, co-edited with Hiroshi Ishii and David N. Gellner. 2007〕

  14. 山道歩きと風景写真−ネパール、ビャンスにおける社会空間とその変容に関する試論.〔西井凉子・田辺繁治編 『社会空間の人類学─マテリアリティ・主体・モダニディ』 世界思想社, pp.150-174. 2006〕

  15. Language Situation and ‘Mother Tongue' in Byans, Far Western Nepal.〔Studies in Nepali History and Society 9(2): 261-291. 2004〕
  16. Ethnic Categories and their Usages in Byans, Far Western Nepal.〔European Bulletin of Himalayan Research 18(1): 36-57. 2000〕

以上のほか、現在に至るまで論文著書多数

備考 :1999年 博士(学術)(東京大学大学院 総合文化研究科)

業績紹介

「ネパール、ヒマラヤ地域における規範と行為の関係の近代的変容に関する研究」に対して

 

 

 名和克郎氏は過去30年近くにわたり、ネパールを中心としたヒマラヤ地域の社会的文化的動態を、主に文化人類学的な観点から研究してきた。

 

 その第一の成果は、大学院生時代から断続的に続けてきた、極西部ネパールのビャンス地方および周辺地域を故地とし「ラン」を自称する人々に対する長期にわたる一連の民族誌的研究である。

 名和氏は、これまで「民族」とか「カースト」といった用語で論じられてきた社会的な集団の範疇がどのように歴史的に生成され構築されてきたのかを詳細に検討してきた。そのうえで日常世界に深く根付く宗教的儀礼の変容過程とそこに見いだされる慣習的行為、またその行為についての語りを通して構成される規範などの複雑に入り組んだ関係を緻密なデータで読み解いていった。

 さらには多言語使用、翻訳、言語イデオロギーといった社会の構造と過程を規定する言語使用に関する問題系への解明にも力を注いできた。近年では生業や政治といった主題について、日常的な実践の細部にまで降り立った記述と分析という名和氏独特の方法を用いて精力的な研究を展開している。

 こうした一連の研究は、過去2世紀にわたりネパール、インドという2つの国家に分断されてきたランの人々の地域社会を、チベットと南アジアという2つの文明の周縁で独自の位置をつくりだしてきたものととらえ、より重層的で動態的な文明史的、文化動態論的な議論を展開してきた。

 その成果は民族誌『ネパール、ビャンスおよび周辺地域における儀礼と社会範疇に関する民族誌的研究―もうひとつの「近代」の布置』として結実している。近年の論文では、前近代的ヒンドゥー王国から国王中心の開発独裁、民主化、内戦及びその後の移行期を経て世俗の連邦共和国へと大きく変化したネパール国家と、ネパール領に住むランとの関係の変容と複雑化について分析を深めている。

 

 名和氏の研究のもう一つの特徴として、こうした極西部ネパールの地域社会を研究する人類学者としての仕事に加えて、より大きな南アジア世界・ネパール社会全体を対象とする学際的な研究の蓄積があげられる。

 その代表的なものが、2017年刊行の編著『体制転換期ネパールにおける「包摂」の諸相─言説政治・社会実践・生活世界』である。

 この研究は、人類学者を中核としつつも他分野の研究者の参加と協力を得て、内戦終結後新憲法制定まで激しく変化するネパールの社会動態を、この時期広く用いられ議論されていた「包摂」の語を鍵概念として、多角的かつ精密に分析したものである。

 また、ネパールの「民主主義」や法に関する氏の近年の一連の論考は、いずれも主にネパール語で書かれたネパールの法律その他の政府刊行文書に基づく、近現代ネパール国家による西洋起源の近代的な概念のネパール語への翻訳とそれが生み出した諸問題の分析を中核としたものである。

 さらに名和氏はこうした研究の基盤となる資料の整理にも積極的で、『東京大学東洋文化研究所所蔵 社団法人ネパール協会旧蔵資料目録』の編集といった作業を行ってきた。こうした試みは地域研究の発展と共有の観点から高く評価できる。

 

 名和氏はこのような研究の貢献に加えて、東京大学東洋文化研究所および国立民族学博物館などを拠点に組織されてきた共同研究会において、さまざまな分野の研究者を組織して共同研究を推進し多くの成果をあげてきたことも特筆される。また国際民族学・人類科学連合などの国際学会においても多くのパネル報告を組織し成果を発信してきた。

 また名和氏は、香港中文大学の出版物でRoutledge社から刊行されているAsian Anthropology誌の共同編集者をはじめ、日本語及び英語による文化人類学分野のみならずアジア研究、南アジア研究などの多くの地域研究の学術誌の編集委員等を歴任し、またカトマンドゥで毎年7月に行われるAnnual Kathmandu Conference on Nepal and the Himalayaの運営委員を務めているほか、21世紀に日本語で出版されたネパール研究の書籍の目録を共同で作成し、ネパールの研究NGOより電子版を公開するなど、様々なスケールで研究の国際交流とアジアからの研究発信のための裏方的作業も継続して行っていることも高く評価できる。

 

 以上のように、名和氏はネパールを中心とした南アジア地域研究において、日本のみならず、国際的な研究牽引者として業績を積み重ねてきた。これらの研究蓄積を高く評価し、今後のさらなる研究の進展を期待して、大同生命地域研究奨励賞にふさわしい研究者として選考した。

                                                                         (大同生命地域研究賞 選考委員会)