「地域研究を活かした国際的な人道支援の活動」に対して
 
 
 
 長 有紀枝氏は、国際政治学(ジェノサイド予防、人間の安全保障)を専門とする研究者であると同時に、人道支援・地雷対策に携わる実務家である。特定の地域に特化した専門家ではないものの、地域の細部を重視し、地域の特徴に注意を払いつつ、武力紛争や大規模自然災害における人道支援活動に従事してきた。
 長氏は、政治学を学んだ学部時代、大学派遣の交換留学生としてアメリカ中西部・インディアナ州の私立大学で学んだ。同大は白人学生が圧倒的多数を占め、学内に白人至上主義集団クー・クラックス・クラン(KKK)の支部が存在する大学で、ここで遭遇した強烈な被差別体験がもとになり、民族問題、特に当時の米国で、自殺率・アルコール依存率が最も高いとされた先住民族問題に強い関心を抱くようになった。
帰国して復学・卒業後、1年間の社会人経験を経て進んだ大学院の修士過程(政治学)では、米国での体験をもとに日本の先住民族アイヌの政治参加について研究した。多数決が支配する日本の選挙制度のもとで、少数者であるアイヌがどのようにその政治的意思を反映させていくのかをテーマに、二風谷を拠点に北海道胆振・日高地区の町村議会選挙に関する丹念なフィールドワークを行った。机上では学べない複雑な民族問題に触れたことがその後の国際協力活動の原点となった。
 
  修士課程修了後の1990年、日本の国際協力NGO難民を助ける会(AAR Japan)が運営する、ベトナム、ラオス、カンボジアからのインドシナ難民のための学習支援塾でボランティア活動を開始、翌1991年から職員として、同会での難民支援活動を開始した。  
 
 同会では、日本国内ではインドシナ難民支援、国外事業ではタイ・カンボジア国境のカンボジア難民キャンプ「サイトII」での障がいのある難民支援、和平成立後は帰還民の多いプノンペンにAARが障がい者のために開設した職業訓練センター事業に携わった。同時期に発生した旧ユーゴスラヴィア紛争においても、カンボジア同様、苦境にある難民の中でも特に支援の少ない障がいのある難民・避難民のための支援を実施、政治や宗教、民族に関わらない中立な日本の団体としての支援活動が評価された。
 また、難民支援の現場で必ず対人地雷問題に遭遇したことから、カンボジアやミャンマー、アフガニスタン、パキスタン辺境地域などアジア、アフリカ(モザンビークやアンゴラ)、シリアなど各地の地雷対策および被害者支援に従事するとともに、世界のNGOの連合体「地雷禁止国際キャンペーン(ICBL)」の一員として対人地雷禁止条約成立や、日本の同条約加入に中心的な役割を果たした。こうした経緯から、長氏は1997年のICBLのノーベル平和賞受賞時には、代表団の一員として授賞式に参列している。
 
 そして、1998年から2008年までICBLの年次報告書『ランドマインモニター』の中国担当として、中越国境の地雷原や中国の地雷対策について、同国外務省との折衝を重ねつつ現地を訪問、毎年の年次報告書を執筆した。
  
 さらに、長氏は2006年から2011年まで、日本のNGOと外務省、経済界が一体となって日本の人道支援を推進する「ジャパン・プラットフォーム(JPF)」の共同代表理事として、日本のNGO間および日本のNGOと政府・企業との連携や関係構築に尽力、紛争や国内外の大規模自然災害に際して、多様な支援の枠組みを包括的に提供してきた。のみならず、インド洋津波に襲われたインドのタミルナド州や、日本の占領下の遺跡も多く敵対感情も残るアンダマン諸島、インドネシア・スマトラ島のアチェ州、独立直後の南スーダン、パレスチナなどでJPF事業のモニタリング事業にも従事した。
 
 こうした一連の活動が評価され、長氏は国連中央緊急対応基金(UNCERF)諮問委員会委員(2012年10月~2015年9月)、日本ユネスコ国内委員会委員(2013年~2017年)、国連訓練調査研究所(UNITAR)理事(2016年~2021年)を歴任するなど国際的な枠組みでも人道支援活動に貢献している。
  
 一方、研究者として長氏は、国際協力の現場で目撃した大規模人権侵害やジェノサイドの再発防止に取り組むべく、人間の安全保障やジェノサイド予防の視点から、大規模人権侵害や深刻な国際人道法違反に際して精力的な研究・執筆活動を行っている。博士学位論文では、AARの職員として遭遇したボスニア・ヘルツェゴヴィナのスレブレニツァの虐殺事件をもとに、国際社会の介入の形態をルワンダやダルフール(スーダン)の事例と比較しつつ執筆した。2022年2月からのロシアのウクライナ侵攻に際しても、いち早く、また継続的に発信を続けている。
 
 以上のような実践および研究・執筆活動は、常に地域の実情に即して行われているという点で、地域研究的であることから、地域研究特別賞に相応しいと高く評価される。
 
  (大同生命地域研究賞 選考委員会)