「オセアニア伝統造形芸術の調査研究及び普及活動の功績」に対して
福本繁樹氏は著名な染色美術家で、これまでに国内外の数多くの美術展で受賞している。福本氏は自らの染色芸術活動と共に、オセアニア民族芸術に関する研究者としても広く知られており、学術的に高く評価されている。
1969年にパプアニューギニアへの調査 (京都市立美術大学ニューギニア美術調査隊)に参加して以来、1990年にかけて毎年のようにパプアニューギニア、ソロモン諸島、ニューへブリデス(現ヴァヌアツ)、トロブリアンド諸島などメラネシアを中心に調査を行ってきた。1982年からはフィジーやトンガ、サモア、ハワイなどポリネシアへもその調査地域を広げて、参与観察に基づくフィールドワークによって詳細な観察と資料収集を行ってきた。滞在日数はのべ2年数ヶ月に及んだ。
福本氏が調査対象とした伝統造形芸術は、土器をはじめ、タパとよばれる樹皮布、編布、木像、装身具、貨幣など幅広い領域に及んでいる。氏の研究成果は最初に『メラネシアの美術』(求龍堂、1976年)として出版され、メラネシアのダイナミックな造形美術を一般に広めることに貢献し、現在に至るまでメラネシア美術の基本図書の一冊となっている。また世界的に見てもユニークなニューギニアの土器に焦点を当てた著書『精霊と土と炎─南太平洋の土器』(東京美術、1994年)では、土器の地域性や作成技術、神話との関係などについて詳述し、高く評価されている。
染色家である福本氏がもっとも深く、長く関わってきたのが「タパ」である。クワ科植物の樹皮をたたいて伸ばした表面に、礼装用には氏族に代々受け継がれてきた神話や伝説のモチーフが文様として施される。タパに関する2冊の著書『タパ、南太平洋の樹皮布』(じゅらく染織資料館、1983年)及び『南太平洋・民族の装い』(講談社、1985年)では、タパ作成技術の他、民族と祭り、装いと飾り、身体装飾から染織に至る多様な考察を行い、南太平洋諸民族の「装い文化」を総合的に詳述している。特にヴァヌアツでの調査では、編布にほどこされる「棒締め染め」という複雑な染色法を詳細に記録すると共に、その技法がそれまで南太平洋地域には存在しないとされてきた「絞り染め」の一種であることを指摘し、染色家ならではの重要な発見につながった。このような染色という専門性に裏打ちされた研究成果は、優れて独創的業績である。
大量の収集資料は、国立民族学博物館をはじめ国内有数の博物館や美術館に収蔵され、福本氏の協力を得て頻繁に特別展示などに利用され、南太平洋の造形表現の美への興味を喚起する点で非常に大きく貢献している。1970年代前後の南太平洋には、すでに海外からの商人が入りこみ、マーケットで売られた商品の質は多様であったが、福本コレクションは実際に工芸品を創作する村で直接収集されており、その資料的・芸術的価値は極めて高いと評価されている。
2020年2月には立命館大学環太平洋文明研究センターの共同研究員として、パプアニューギニア北部のタパ作り村を再訪している。氏が南太平洋へ通い始めてから50年の歳月を経ており、半世紀の間にタパ制作がどれほど変化したかを記録すると共に、新しい資料の収集を行う機会でもあった。ところが現実には、観光関連の販売目的にタパを作ることが多くなったことから、タパ作りに男性が参加するようになり、文様にも変化がみられたうえ、タパに関する伝統的知識の喪失も進んでいることが明らかになった。そのため、逆に福本コレクションの価値がさらに高まることになり、近年は韓国やインドネシアでも展示会が行われている。
一方でパプアニューギニアの人々の間でも、自分たちの祖先が作成したタパへの関心が高まっており、現在、パプアニューギニア国立博物館で、福本コレクションの展示計画が検討されている。そのためニューギニアの人々が先人たちの高い芸術性を再確認する機会になることが大いに期待されている。
以上、福本繁樹氏の長年にわたる伝統造形芸術分野を通したオセアニア地域研究への重要な貢献は、大同生命地域研究特別賞にふさわしいものとして高く評価される。
(大同生命地域研究賞 選考委員会)