太田至氏は1970年代末より40年以上にわたり、ケニア北西部の牧畜民トゥルカナ社会に関する研究に従事し、多数の優れた業績を挙げてきた。家畜飼養という生業を通じて育まれたトゥルカナ社会の独特の価値観・社会規範を明らかにするとともに、家畜の行動と放牧管理の技術、家畜の分類や個体識別をめぐる認識体系、家畜の所有・贈与・交換の仕組みなどの詳細な記述・分析を行うことで、人間と家畜との相互交渉という新しい視点から画期的な研究成果を積み重ねてきた。
さらに太田氏は、アフリカの諸国家やグローバルな政治・経済・社会状況の変化のなかで、トゥルカナ社会を含むアフリカ牧畜社会全体が変化を余儀なくされている事態に注目し、その状況と社会のありようを動的に捉えようとしてきた。
このような氏の研究は、徹底的で詳細なフィールドワークと、分野横断的な手法と関心に支えられている。太田氏の牧畜社会に関する業績の主なものとして、単著『交渉に生を賭ける:東アフリカ牧畜民の生活世界』(京都大学学術出版会、2021年)、共編著『遊牧の思想:人類学がみる激動のアフリカ』(昭和堂、2019年)、共編著『地域研究からみた人道支援:アフリカ遊牧民の現場から問い直す』(昭和堂、2018年)などがあげられる。太田氏は現在も、国内外の「開発」や「支援」、企業による土地収奪、気候変動へのグローバルな介入などにより変容を迫られているトゥルカナ社会に継続的に通い、彼らがそれらの状況にどのように対峙しているのかに着目し、その成果を積極的に発信している。
「変化するアフリカ」を捉えようとする太田氏の問題意識は、2011年~2016年にかけて実施された文部科学省科学研究費補助金基盤研究(S) 「アフリカの潜在力を活用した紛争解決と共生の実現に関する総合的地域研究」にも展開されている。
太田氏は、アフリカ社会が外部との相互作用のなかで培ってきた「潜在力」を丹念に記述・実証する本プロジェクトの研究代表者として、アフリカ潜在力を用いた紛争解決と人々の共生という課題に取り組んだ。
このプロジェクトは、日本の代表的なアフリカ研究者50名以上、アフリカ人研究者を中心に20名以上の外国人研究者を集めて組織された大規模なものである。プロジェクトでは、毎年度アフリカの主要地域において、アフリカ人研究者と実務家が参加する「アフリカ潜在力フォーラム」を開催しており、太田氏はその運営を統括してきた。2016年~2022年にかけて実施された継続プロジェクト「『アフリカ潜在力』と現代世界の困難の克服:人類の未来を展望する総合的地球研究」(文部科学省科学研究費補助金基盤研究(S))においても、太田氏は引き続き主要メンバーとしてプロジェクトを牽引した。この10年以上にわたるプロジェクトの成果は、太田氏総編集の「アフリカ潜在力」シリーズ全5巻(京都大学学術出版会、2016年)、英語による「アフリカ潜在力」シリーズ全7巻(Langaa RPCIG、2021年)、『アフリカ潜在力が世界を変える:オルタナティブな地球社会のために』(京都大学学術出版会、2022年)など、多数の和文・英文の著作に結実した。これらは、従来「後進的」ととらえられがちであったアフリカ社会が有する潜在力と未来に向けた可能性を再評価する革新的な研究として、国内外で高く評価されている。
このように太田氏は、アフリカ牧畜社会研究を主導するとともに、大型の研究組織や海外研究者との共同研究などを通して我が国のアフリカ地域研究を牽引してきた。
同時に、日本アフリカ学会会長、京都大学アフリカ地域研究資料センター長、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科長などを歴任し、多くの大学院生の指導をおこない、後進の育成にも大きな役割を果たしてきた。
以上のように太田至氏は、日本のアフリカ地域研究を牽引しつつ、同時に人類学者として優れた業績を多数挙げ、その深い学識と卓越した指導力をもって、大学や学会の発展、そして国内外の学生や若手研究者の育成に尽力してきた。現在も、京都大学名誉教授として、新たな地域研究のあり方を後世に示し続けている。
これらの理由から、選考委員会は一致して太田至氏に大同生命地域研究賞を授与することを決定した。