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重松 伸司 氏
略 歴

重松 伸司

現職 :
追手門学院大学 名誉教授
最終学歴 :
京都大学大学院 文学研究科 博士課程(東洋史学) 中途退学(1974年)
主要職歴 :

1974年 京都大学 文学部 助手

1990年 名古屋大学 文学部 教授

1992年 名古屋大学 独立大学院 国際開発研究科教授

2001年 追手門学院大学 教授、図書館長、文学部長、副学長等

       現在に至る

主な著書・論文
  1. 『An Armenian Maritime Merchant in Modern Japan: The Apcar and Company and the Foreign Settlements in Kobe and Yokohama』[Occasional Paper, Rikkyo Univ.]2019

  2. 『マラッカ海峡物語―ペナン島に見る多民族共生の歴史―』集英社新書、単著、2019

  3. 「17-18世紀初頭のインドにおけるアルメニア商人と東インド会社―「1688年協約」をめぐってー」『移動と交流の近世アジア史』守川知子編著、北海道大学出版会、2016

  4. 「The Ritual of Tai Pusam and the Role of Pandaram in Malaysia-Interpretation of an Ethnic Ritual of the Malaysian Indian Community-」『Spread and Influence of Hinduism and Buddhism in Asia』Originals, India, Sengaku MAEDA(ed.)2010

  5. 『新詳高等世界史B』帝国書院、共著、2007-2011

  6. 『カーストの民、ヒンドゥーの習俗と儀礼』平凡社東洋文庫483,訳・注・解説、2008

  7. 『インドを知るための50章』明石書店、編著、2003

  8. 『新訂増補南アジアを知る事典』平凡社、編著、2002

  9. 「現代インドの社会開発と福祉開発―南インドのアメニティと人口―」『アジアのダイナミズム-経済と社会の変動―』日本大学総合科学研究所、1999

  10. 『国際移動の歴史社会学―近代タミル移民研究―』名古屋大学出版会、単著、1999

  11. 『インドのジェンダー・カースト・階級』監訳、明石書店、1996

  12. 『変容するアジアと日本』リバティ書房、編著、1996

  13. 『マドラス物語―海道のインド文化誌―』中央公論社、単著、1993

以上のほか、現在に至るまで論文著書多数

備考 :1999年 博士(文学)(京都大学)

業績紹介

「ベンガル湾海域文明圏の史学的研究」に対して

 

 重松伸司氏は、京都大学文学部で東洋史学を学ぶかたわら、今西錦司氏の生態学とりわけスミワケ論や岩田慶治氏のコスモロジー論に強い関心を抱き、以来こうした日本発の独創的な発想を活かし、それらをパラダイムとしてアジア史学の領域に取り込み、かつ敷衍することによって、地域像を構築するという研究領域を新たに開拓してきた。

 

 換言すれば、次のような三つの視点から地域の歴史を捉えることによって、「アジア社会という多様性の動態的統一」に成功している。

 第一に、ミクロコスモスの視点。すなわち、街区など小さなコミュニティにおいても広大な歴史が内包されていること。

 第二に、地域社会への視点。すなわち<国際international>や<グロ—バルglobal>などの西欧的な規範によって設定される圏域ではなく、アジアの各地域に即して自律的な「生活圏」が存在し、なおかつそれらが相互に連関しあうという「複合連関関係」を構成していること。

 第三に、スミワケの視点。すなわち、segregationや isolationという概念に明示されるような隔離や隔絶ではなく、スミワケという社会生態的な共存ないし相互補完の様相があること。

 

 具体的には、以下のような業績が挙げられる。

 第一の視点が強く反映された業績として、『マドラス物語―海道のインド文化誌―』(1993)は、南インドの港市、マドラス(現チェンナイ)南郊のサントメ地区には、古くから東西文化の多様な交流が見られ、その一端である「サントメ木綿織」が東南アジアを経て、江戸期後半の染織・浮世絵に大きな影響を及ぼしたことを論じたものであり、キリスト教・南インド社会・江戸庶民文化を交差させた斬新な文化論として好評を得ている。

 第二の視点は、とりわけインド移民研究に活かされ、インドから東南アジア諸地域にかけての間で、移動と定着を繰り返すという動態様式を浮かび上がらせた。

 南インドセーラム県の一村落において戸数約300戸の戸別悉皆調査(1968〜1990)を実施し、さらにこの農村からマレー半島中部パハン州キャメロン高原の紅茶栽培農園に移住した移民集団の実態調査(1980~1990)を行い、こうした実地調査の成果を『国際移動の歴史社会学―近代タミル移民研究―』(1999)に集約し、タミル系ヒンドゥーの集団は移住先においても「寺院・講・祭礼」という文化・経済・社会要素が複合した独自の「仕組み」を維持することによって生活圏を確立していることを明らかにした。

 さらに、2000年からはアルメニア人商人集団に焦点をしぼり、西アジアから日本までを含む広域的な海域交易の史的展開を研究しており、現在、著書にまとめつつある。

第三の視点の代表的な業績として挙げられる『マラッカ海峡物語―ペナン島に見る多民族共生の歴史』(集英社新書2019)は、マラッカ海峡圏域とりわけペナン島における多民族間の多様なスミワケ(co-habitat)社会の形成過程を明らかにしたものである。

 これらの事例から明らかなように、実のところ三つの視点は相互に密接に結びついている。

 

 以上のように、氏の研究は、日本発のユニークな発想と分析視角を利用した仮説実証型の論証研究であり、文献史料を重視する旧来の東洋史学にとどまらず、現地の綿密なフィールドワークに基づく聞き取りと、さらには現地の多様な資料類を利用する方法論に支えられている。インドの一村落あるいはマレー半島の一農園など、常に一貫して、人々の生活圏に的を絞ってフォーカスを合わせつつ、同時に南アジア、東南アジアという旧来の枠組みさえも超えた、より広域的な地域における歴史的動きの軌跡として地域像を提示してきた。

 近年のグローバルヒストリーの流行に先行する地域像の刷新であったと言えよう。

 南インドやペナン島などベンガル湾海域において、諸集団が歴史的結果として共生する実態は、出自の異なる人びとがさらに交差し続ける未来社会を構想する上で、ひとつの羅針盤となるに違いない。

 同氏の先駆的な貢献から、選考委員会は大同生命地域研究賞の授与を決定した。

(大同生命地域研究賞 選考委員会)