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鈴木 英明 氏
略 歴

鈴木 英明

現職 :
国立民族学博物館 グローバル現象研究部 准教授
最終学歴 :
東京大学大学院 博士後期課程アジア文化研究専攻 西アジア歴史社会専門分野博士後期課程修了(2010年)
主要職歴 :

2012年 日本学術振興会海外特別研究員

2014年 長崎大学多文化社会学部准教授

2018年 国立民族学博物館グローバル現象研究部助教

2020年 国立民族学博物館グローバル現象研究部准教授

     現在に至る

主な著書・論文
  1. 鈴木英明「アフリカを彩った日本製カンガの旅――『メイド・イン・ジャパン』から立ち上がるグローバル・ヒストリー」『中央公論』2020年7月号

  2. 鈴木英明「海域世界の鼓動に耳を澄ます―19 世紀インド洋西海域世界の季節性―」『国立民族学博物館研究報告』44-4(2020)、 591-623

  3. 鈴木英明編『東アジア海域から眺望する世界史――ネットワークと海域』明石書店、2019年

  4. Hideaki Suzuki, “Kanga Made in Japan: The Flow from the Eastern to the Western End of the Indian Ocean World,” in Pedro Machado, Sarah Fee and Gwyn Campbell (eds.), Textile Trades, Consumer Cultures, and the Material Worlds of the Indian Ocean: An Ocean of Cloth, New York: Palgrave, 2018, 105-132

  5. 鈴木英明「インド洋西海域と大西洋における奴隷制・交易廃絶の展開」、島田竜登編『1789年――自由を求める時代』山川出版社、2018年、229-272
  6. Hideaki Suzuki, “Agency of Littoral Society: Reconsidering Medieval Swahili Port Towns with Written Evidence,” The Journal of Indian Ocean World Studies 2, 73-86
  7. Hideaki Suzuki, Slave Trade Profiteers in the Western Indian Ocean: Suppression and Resistance in the Nineteenth Century, New York: Palgrave, 2017
  8. Hideaki Suzuki, “Distorted Variation: A Reconsideration of Slavery in Nineteenth-Century Swahili Society from the Master’s Perspective,”in Alice Bellagamba, Sandra E. Greene, and Martin A. Klein (eds.), African Slaves, African Masters: Politics, Memories, Social Life, Trenton and Asmara: Africa World Press, 2017, 221-236
  9. Hideaki Suzuki, “The ‘Banian’ in Port Town: A Case Study of the Kachchhi Bhatiya in Nineteenth-Century Zanzibar,” in Awet T. Weldemichael, Anthony A. Lee, and Edward A. Alpers (eds.), Changing Horizons of African History, Trenton and Asmara: Africa World Press, 2016, 149-172
  10. 鈴木英明「インド洋――海から新しい世界史は語りうるのか」、羽田正編『地域史と世界史』ミネルヴァ書房、2016年、78-96
  11. 鈴木英明「世界商品クローヴがもたらしたもの――19世紀ザンジバル島の商業・食料・人口移動」、石川博樹・小松かおり・藤本武編『食と農のアフリカ史――現代の基層に迫る』昭和堂、2016年、209-222
  12. Hideaki Suzuki (ed.), Abolition as A Global Experience, Singapore: NUS Press, 2016
  13. Hideaki Suzuki, “Enslaved Population and Indian Owners along the East African Coast: Exploring the Rigby Manumission List, 1860-1861,” History in Africa: A Journal of Method 39/1 (2012), 209-239
  14. 鈴木英明「19世紀ヌシ・べ島で絡まり合う多様な関係性」飯田卓(編)『マダガスカル地域文化の動態』 国立民族学博物館調査報告103、2012、241-258
  15. 鈴木英明「インド洋西海域と『近代』:奴隷の流通を事例にして」『史学雜誌』116/7(2007)、1-33
  16. 鈴木英明「カンバルー島の比定をめぐる新解釈」『オリエント』48/1(2005)、 154-170

以上のほか、現在に至るまで論文著書多数

備考 :2010年 文学博士(東京大学)

業績紹介

インド洋西海域世界における移動性の総合的・動態的研究」に対して

 

 鈴木英明氏は、地域研究の分野にインド洋西海域世界という新たな領域を開拓し、歴史学を基礎として文化研究と社会研究を総合する重厚で精緻な実証研究を展開してきた。この新たな地域研究のユニットを創成するという挑戦的な試みに成功しただけでなく、以下に述べる独創的な成果をあげた点は、現代日本の地域研究に大きな貢献と刺激をもたらしたといえる。

 従来の地域研究が対象としてきた領域は、主要には、陸地を対象にして設定され区分けされた地域ユニットであった。しかしながらこうした地域研究観では視野に入りにくい世界がある。それは、海を跨ぐヒト、モノ、情報、カネの流れ、それらの移動性のなかで積み上げられてきた人々の膨大な生の営みでありその軌跡としての歴史である。鈴木氏は、この世界に焦点を据え、その空間的な広がりを動態的に捉えることでインド洋西海域世界という新たな地域ユニットを提唱してきた。これは従来の陸を歴史叙述の中心に据えてきた歴史観(陸地中心史観)を単純に批判して、海を中心に据えた歴史観(海域中心史観)への移行を提唱しているのではない。むしろ、事物や価値意識の移動性そのものに着目するところから、社会によって恣意的に設定される地域の空間的、あるいは時間的な固定性に対して異議を申し立てることで、地域研究の脱中心化と相対化・流動化をはかろうとする野心的な試みだといえる。

 鈴木氏が新たに開拓したインド洋西海域世界を対象とした新しい地域研究の、より具体的で独創的な成果は以下の3点にまとめられる。

 第一は、インド洋西海域世界における奴隷交易研究の開拓である。大西洋と較べると、いまだにその全貌が明らかにされていないインド洋西海域の奴隷交易について、欧米はもとより、インド洋周辺の文書館での資料調査、そしてそこに現地でのフィールドワークを加味することで、この交易の最盛期であり、同時にそこに世界的な潮流としての奴隷交易廃絶運動が展開されていく19世紀を主たる対象として研究を行ってきた。とりわけ、奴隷交易者そのものに着目し、その実態だけでなく、彼らが奴隷交易廃絶活動に接するなかで、どのように自己を変容させていったのかという点について実証的に明らかにしたことは特筆すべき成果である。交易者は新たに導入される条約などの規制を逆手に取ったり、構築される包囲網をいわば飼いならしたりすることによって、自らの交易活動を継続させていった。こうした一連の攻防のなかで、船籍やパスポートといった新たな海上移動の管理の仕組みが作りあげられていった。この知見を世界に発信したのが2017年刊行の英文著書である。奴隷交易者という具体的な対象からインド洋西海域世界の変容というマクロな事象を考察したこの著書は国内外の学界ですでに高い評価を得ている。

 第二の意義は、海を跨いで移動するヒトやモノの実態解明を基礎として、従来支配的であったインド洋海域世界崩壊説を批判的に見直そうとする試みである。従来のインド洋海域史研究では、18世紀半ばより西欧の政治経済的伸張によって、この地域世界の一体性が崩壊されたという理解に基づき研究が行われてきた。鈴木氏はそうした立場を西洋対東洋という不毛な二項対立に基づくものとして批判し、奴隷交易者やインド商人コミュニティーさらにはマングローヴといった19世紀のインド洋西海域を跨ぐ具体的なヒトやモノの移動の実態を解明することで、崩壊ではなく、むしろ変化を伴う再編成という連続的側面を見出し、インド洋西海域世界の柔軟性と強靭性を明らかにした。

 第三の成果は、インド洋西海域世界の設定にかかわる新しいモデルの提唱である。従来、海域を設定するうえで頻繁に用いられてきたネットワーク論について、開放性を謳いながら、実質的には対象空間を閉鎖するという海域研究の陥っていた難問を克服するために、鈴木氏は、移動する事物の流れの拡がりそのものから出発することでインド洋西海域世界へのアプローチを試みる。そのうえで、この世界を規定する季節風モンスーンと人間の諸活動とが調和することで生み出される季節性に着目し、それが連動・共鳴するリズムという視点からインド洋西海域世界を捉えようというのである。

 鈴木氏は13か国における文献資料調査および27か国にも及ぶ現地調査によって、この地域世界に密着し、そこに生きる人々を観察し共感するなかで得た着想を歴史研究に応用する手法は、地域研究の新たなダイナミックな可能性を体現しているといえよう。

 以上のように挑戦的で卓越した研究業績を重ねてきた鈴木氏が優れた研究能力を有していることは明らかであり、将来的にもこの新たな海域世界を対象とした地域研究の国際的牽引者となる研究者として期待できることから、大同生命地域研究奨励賞にふさわしい研究者として選考した。 

(大同生命地域研究賞 選考委員会)