- 現職 :
- 龍谷大学 名誉教授
同大学人間・科学・宗教総合研究センター研究フェロー
特定非営利活動法人JIPPO 専務理事 - 最終学歴 :
- 京都大学文学部史学科西洋史専攻(1961年)
- 主要職歴 :
- 1961年 アジア経済研究所研究員
- 1965年 セイロン大学留学(~1969年)
- 1984年 龍谷大学経済学部教授
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2002年 同大学社会科学研究所教授
- 2007年 同大学名誉教授および研究フェローに就任
- 2008年 NPO法人JIPPO専務理事就任
- 現在に至る
- 『越境するケア労働者』(分担執筆)〔日本経済評論社, 2010〕
- 『参加型開発―貧しい人々が主役となる開発に向けて』(共著)〔日本評論社, 2002〕
- 『海外職業訓練ハンドブック―スリランカ』〔財団法人海外職業訓練協会, 1994〕
- 『人びとのアジア』〔岩波書店, 1994〕
- 『地域自立の経済学』〔日本評論社, 1993、第2版, 1998〕
- 『豊かなアジア、貧しい日本』〔学陽書房, 1989〕
- 『スリランカ水利研究序説』〔論創社, 1988〕
- 『地域と共同体』〔春秋社, 1980/増補版, 1987〕
- 『共同体の経済構造』〔新評論, 1975/増補版, 1983〕
以上のほか、現在に至るまで論文著書多数
備考 :1979年 農学博士(京都大学)
・国際協力事業団派遣専門家
・青年海外協力隊講師、機関誌での連載講座
・海外技術者研修協会講師
・国際協力銀行の受託調査
・国際協力機構スリランカ国別支援委員会委員
・トヨタ財団助成研究選考委員長
・福岡アジア文化賞選考委員
・シンハラ語法廷通訳
以上のほか、国内外で幅広く活動中
1986年 総合研究開発機構(NIRA)東畑賞
1998年 国際協力機構(JICA)国際協力功労者表彰
「南アジアにおける地域自立の経済学研究と広汎な啓発活動への貢献」に対して
中村尚司氏は、京都大学文学部史学科を卒業した1961年にアジア経済研究所に採用され、スリランカと南インドを主たる対象とする農村経済の研究を開始されました。1965年から1969年までの3年数カ月にわたる調査が、同氏の研究の視座・方法論に大きく影響したようです。当時、アジアの地域社会を対象とする経済学をはじめとする社会科学の研究では、日本を含むアジアの研究者が西欧で発展した分析枠組みに固執しており、実態の把握にも地域社会の発展にも弊害になっていることを見抜いたのです。同氏は、地域社会に学ぶという基本姿勢を保持しながら、学界の動向にも鋭敏で、エントロピー論に基盤をおく経済学、とくに「生命系の経済学」を展開したポール・エキンズや、後に「エコロジー経済学」を提唱するハーマン・デーリィらの理論に共感し、玉野井芳郎(故人)、槌田敦、室田武らと交流しています。また、アジア地域でフィールドワークを展開していた鶴見良行、村井吉敬(ともに故人)らと、共同研究を含め親交を深めています。
中村氏は、南アジア農村部における広汎なテーマにかんする研究成果を、日本社会との比較の視点を重視しながら、論文はもとより多くの単行本として著しています。最初の大部の成果として挙げられるのは『共同体の経済構造』(1975)です。また、スリランカにおける灌漑農業の発展を古代から現代まで辿り、水利資源の過剰開発が農業の荒廃をもたらすことを自らのデータから証明したのが『スリランカ水利研究序説』(1988)です。さらに、スリランカと南インドの調査を踏まえながら、アジア地域における経済問題と共同体の経済システムについてまとめたのが、『地域と共同体』(1980、増補版1987)と『豊かなアジア、貧しい日本』(1989)です。多くの含蓄に富む指摘がなされていますが、たとえば『豊かなアジア、貧しい日本』で、フィールドワークを行う研究者に多くみられる当事者性の欠如が鋭く指摘されています。
中村氏のもう一つの大きな業績は、民際学を提唱したことにあります。氏が強く意識していたのは、19世紀以降の社会科学に根深く存在する近代国家の枠組みと主観・客観の峻別を乗り越え、研究者の当事者性を重視することです。民際学の第1の特徴は、参加型研究としてのフィールドワークに立脚することです。第2の特徴は、成果をフィールドワークの対象である地域住民に役立てる一人称・二人称の科学ということです。第3の特徴は、人間生活における循環性・多様性・関係性を重視し現実の全体的な問題と格闘することです。民際学は、龍谷大学大学院経済学研究科に1994年に研究コースとして開設され、2009年から研究プログラムになっています。同氏の民際学を視座とする研究の成果は、『地域自立の経済学』(1993、第2版1998)と『人びとのアジア』(1994)にまとめられています。
中村氏は、研究者・教育者として活躍する一方で、社会的な活動を幅広く行ってこられました。国際協力事業団の研修員の指導、青年海外協力隊訓練所での講義や機関誌での連続講座、海外技術者研修協会での講義、市町村国際文化研修所での講義、国際協力銀行の受託調査、トヨタ財団の助成研究選考委員長、福岡アジア文化賞選考委員などがあげられます。国際協力事業団とコロンボ大学との研究協力事業では、1998年から2001年までチームリーダーを務められました。国際開発高等教育機構の海外フィールドワーク研修では、2001年度にASEAN基金支援コースのディレクターとしてインドネシアでフィールドワークを実施し、熊本県でワークショップを開催されています。また、コロンボ大学、南アフリカ共和国のステレンボシュ大学、メキシコのコレヒオ・デ・メヒコ大学などで、国際交流基金の派遣教授として講義をされておられます。さらに、キューバ共産党に招かれ、ハバナのアジア・オセアニア研究所において集中講義を行うとともに、同国が大国の影響を受けながら経済自立を目指した経験について調査も行っています。2001年以降は、スリランカで発生した内戦の非暴力的解決に向け、参加型研究の立場を重視し精力的な取り組みを展開されてこられました。
中村氏は、23年間に及ぶ龍谷大学教授としてだけでなく、多くの団体の活動に積極的に関わる中で、若い人びとの育成に尽力され、市民向けの講演などにも熱心に取り組んでこられています。最近の海外での活躍の一例として、スリランカのペラデニヤ大学で本年3月に開催された“Conference on Sri Lanka−Japan Collaborative Research”で、キーノート・スピーチをされたことも挙げられます。
中村尚司氏が、地域研究者として多くの業績を挙げられ、日本と隣国であるアジア諸国との交流の促進と民際学を中心に据えた社会啓発に果たした貢献は、大同生命地域研究特別賞に相応しいものと高く評価されます。
紹介者: 大塚 柳太郎
(自然環境研究センター理事長)