- 現職 :
- IKTT (Institute for Khmer Traditional Textiles)
クメール伝統織物研究所 代表 - 最終学歴 :
- レイデザイン研究所テキスタイルデザイン科卒業(1974年)
- 主要職歴 :
- 1975年 手描き友禅工房 森本染芸 主宰
- 1983年 難民キャンプのボランティアとしてタイへ
- 1984年 NGO「手織物をとおしてタイ農村の人びととつながる500人の会」設立
- 1988年 バンコクで草木染シルクの店「バイマイ」始める
- 1992年 キング・モンクット工科大学デキスタイルデザイン科講師
- 1995年 カンボジアユネスコのコンサルタントとして「カンボジアにおける絹織物の製造と市場の現況」調査を実施
- 1996年 カンボジア首相府認可のNPOとしてIKTT設立
- 現在に至る
- 『森の知恵 The Wisdom from the forest』IKTT, 2011 ※クメール語版
- 「豊かな自然と歴史がカンボジアの染め織りを支えてきた」〔『をちこち』30号, 2009〕
- 『カンボジア絹絣の世界―アンコールの森によみがえる村』NHK出版, 2008
- 『Bayon Moon - Reviving Cambodia's Textile Traditions』IKTT, 2008 ※英語版
- 「次代につなぐ、営みとしての染めと織り―伝統の知恵を育む森の再生」〔『季刊 民族学』112号, 2005〕
- 『メコンにまかせ―東北タイ・カンボジアの村から』第一書林, 1998〕
以上のほか、現在に至るまで論文著書多数
備考 :2010年 社会貢献者表彰(公益財団法人社会貢献支援財団)
2004年 第11回ロレックス賞受賞(ロレックス)
「カンボジアにおける伝統に根ざした生活文化と自然再生への実践的な貢献」に対して
森本喜久男氏は1948年生まれで、現在、IKTT(クメール伝統織物研究所)の代表を務めておられる。森本氏は1995年以来、東南アジアのカンボジア国においてクメール民族が継承してきた伝統的な絹織物の復興と活性化に関して多大な地域貢献を果たしてこられた。20年に及ぶ戦乱で荒廃し、失われつつあった織物産業を中核とする伝統文化の再興について尽力され、その活動は地域の文化を蘇生するだけでなく、伝統的な織物について国民的な関心を醸成する機会を育んだ。こうしたことを通じて、日本とカンボジア国との国際理解と友好についても重要な懸け橋としての役割を果たしてこられた。カンボジア現地の活動に加えて、森本氏の精力的な活動は日本や世界各地での講演会、セミナー、著作物として公開・公表されている。以上の功労は、森本氏の「カンボジアにおける伝統に根ざした生活文化と自然の再生への実践的な貢献」として大同生命地域研究特別賞に十分に値すると判断する次第である。
森本氏のカンボジアにおける活動は1995年のカンボジア・ユネスコのコンサルタントとして着手され、氏は「カンボジアにおける絹織物の製造と市場の現況」調査を担当した。そのさい、カンボジア国内各地での聞き取り調査から絹織物産業の危機的状況に接した。この状況を踏まえ、森本氏は翌1996年に、カンボジアの伝統的絹織物である「クメール織」の復興と活性化を推進するためIKTT(クメール伝統織物研究所)を設立した。その後、2000年にはアンコール遺跡群のあるシェムリアップにおいて、カンボジア伝統織物の工房を開設した。この工房で制作されるクメール織は、現在のカンボジアで作られる最高レベルの伝統的な作品としての評価を受けるにいたっている。
高い評価を受けたクメール織の復活と再生のみが森本氏の果たした役割ではない。織物産業に現場で従事するのはほかならぬ女性である。戦乱によって夫や息子、あるいは父を失い、生きる糧も収入も断たれ、将来への活路をみいだせない多くの女性が身を寄せる場はほとんどなかった。森本氏はこうした身寄りのない女性たちがじつはクメール織りのすぐれた技術をもつ人びとであることを見抜き、自らの工房での仕事へといざなった。
クメール織の技術に長けた年長者から若手への技術の継承が工房での大きな課題であった。森本氏による、年齢層を超えた女性技術者の育成を通じて、織物制作に従事する女性たちの自立心が芽生え、経済的にも貧困から自立に向けての希望が芽生えた。
技術面でみると、工房で制作されるクメール織はクメール文化の伝統に徹したものである。じっさい、絹織物の原料となるのは在来種の蚕と天然染料である。工房では養蚕のための桑栽培がおこなわれた。天然染料の原料となる草木類はすでに戦禍によって荒廃した森林環境にはほとんどなかったので、森本氏は率先してシェムリアップ郊外に約23haの土地を確保し、森の再生に取り組むこととした。この土地に、シェムリアップ市内にあった工房の多くの機能とそこで働く女性たちをともにこの土地に移転させ、新しい村を作った。したがって、この段階で森本氏によるプロジェクトは、クメール織の活性にとどまらず、織物産業の復興と自然環境の再生、ならびにそれらを活かす「暮らしの知恵」の再生へと拡大した。森本氏はこの新しい村と、森林再生ならびに伝統織物の制作を含む一連のプロジェクトを「伝統の森」再生計画と名づけている。
以上のように、伝統的な織物技術を再生し、合わせて地域住民の生活向上と自然環境の再生を統合的に進めてきた努力と着想は、途上国の経済発展と環境保全を合わせて進めることが世界でも主流となっている現在、きわめて意義ある活動といえるだろう。森本氏は単なるNGO活動家ではなく、自ら京友禅の染め職人としての技術的な背景と絹織物にたいする美への執着を備えている。世界では伝統的な織物への評価がなされるなか、自らの生活を投げうって推進してきた活動にたいして、2004年には日本人として第11回「ロレックス賞」を初受賞した。
「伝統の森」計画は織物制作に従事する社会的弱者である女性関係者だけでなく、周囲を確実に巻き込んでいる。国内外の訪問者に加えて、カンボジア国王などをはじめ政府関係者などにも注目されている。「伝統の森」の中にあった子どもたちの私塾も正式の学校として認可され、地域の若い芽は着実に育っている。森本氏の活動は、従来の国際援助の常套手段であった機械や資材の売り込み、箱もの・道路などの建設しかなしえなかった日本の国際援助とは質の異なる、地域に根差した国際協力の典型例であるといえるだろう。
紹介者: 秋道 智彌
(総合地球環境学研究所名誉教授)