- 現職 :
- 自然環境研究センター 理事長/東京大学 名誉教授
- 最終学歴 :
- 東京大学大学院 理学系研究科 修士課程修了(1970年)
- 主要職歴 :
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1970年 東京大学 医学部 助手
1981年 東京大学 医学部 助教授
1992年 東京大学大学院 医学系研究科 教授
2005年 国立環境研究所 理事長
2009年 自然環境研究センター 理事長
- 現在に至る
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『ヒトはこうして増えてきた 20万年の人口変遷史』新潮社、2015
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『人類生態学第2版』東京大学出版会、2012
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『人間の生態学』朝倉書店、2011
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『興亡の世界史20 人類はどこへ行くのか』講談社、2009
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“Health Change in the Asia-Pacific Region,” Cambridge University Press, 2007
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『地球に生きる人間』小峰書店,2004
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『島の生活世界と開発4 生活世界からみる新たな人間-環境系』東京大学出版会、2004
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『島の生活世界と開発1 ソロモン諸島―最後の熱帯林』東京大学出版会、2003
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『講座生態人類学5 ニューギニア―交錯する伝統と近代』京都大学学術出版会、2002
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『地球人口100億の世紀』ウェッジ、1999
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“Environmentally Sound Agricultural Development in Rural Societies: A Comparative View from Papua New Guinea and South China,” UNESCO, 1998
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『熱帯林の世界2 トーテムのすむ森』東京大学出版会、1996
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『生態人類学を学ぶ人のために』世界思想社、1995
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『モンゴロイドの地球2 南太平洋との出会い』東京大学出版会、1995
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『講座地球に生きる3 資源への文化適応』雄山閣、1994
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『オセアニア1 島嶼に生きる』東京大学出版会、1993
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“Population Ecology of Human Survival: Bioecological Studies of the Gidra in Papua New Guinea,” University of Tokyo Press, 1990
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“Human Ecology of Health and Survival in Asia and the South Pacific,” University of Tokyo Press, 1987
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“Oriomo Papuans: Ecology of Sago-Eaters in Lowland Papua,” University of Tokyo Press, 1983
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『生態学講座25 人類の生態』共立出版、1978
以上のほか、現在に至るまで論文著書多数
備考 :1980年 理学博士(東京大学)
「人類生態学に基づくオセアニア地域研究と人口史・人類史研究」に対して
大塚柳太郎氏は、1971年以来、45年以上にわたってパプアニューギニアを主たる対象として人類生態学に基づくオセアニア研究を推進されてきた。
同氏の最大の学問的功績は、人類生態学を主軸とする独自の地域研究モデルを理論構築したことにある。長期にわたって研究対象としたニューギニア島中央南部に居住するギデラ人(言語族であり、生物学的な意味での個体群でもある)と生活を共にする中で、ギデラ人が環境と交互作用しながら生存するシステムについて、個体レベルと個体群レベルを綿密に峻別するなど、独自性の高い分析法を用いて明らかにしてきた。
具体的には、村落を対象とした調査において、個人レベルでの生業活動や栄養状態、健康状態などを把握し、それを性別や年齢、年齢階梯などの社会的地位と関連づけて分析を行った。特に焦点をあてたのは、個人や世帯間での適応力の不均衡やそれに対する社会的な保障機構で、伝統的な生活様式が維持されている場合にはそれがより良く機能していることなどを明らかにした。
一方、ギデラ人の長期的な生存・適応を理解するため、ギデラ人全員を対象とした数世代に遡る詳細な家系資料の復元も行った。その膨大な資料を用いて人口増加率を推定した結果、近代化の影響がほとんどなかった頃の年人口増加率は約0.2%であったこと、増加した人口を維持するため、マラリアの高感染域である川沿いへも生息地を拡張したこと、それによって人口が増加した村落と減少した村落が同時に存在したこと、などを初めて実証的に明らかにした。さらに近年は、予防接種の開始や食生活の変化などによって死亡率が急速に改善して人口が急増している一方、成人病の罹患率も急上昇するなどの諸現象が起きていることなども明らかにしている。
これらの研究成果は、和書11冊、洋書3冊や多数の論文に結実し、国際的にも高く評価されている。さらに特筆すべきは、オセアニア研究の日本における拠点となる日本オセアニア学会を草創期から大きく育てることに貢献し、大学では多くのオセアニア研究の若手研究者を育成したことである。博士号取得者に限っても、その数は22名にのぼり、大半は各地の大学などで地域研究の拠点となる研究を継続している。
他方で、大塚氏は調査対象をオセアニア・アジアの諸地域集団へと広げ、ヒトの生存と地域生態系との相互作用の様態をより普遍的に考察し、既存の地域研究では捉え難い諸課題を抽出し、その根源的な治癒につながる道筋を照らす斬新な地域研究を創出することにも貢献した。
1999年からは、日本学術振興会未来開拓学術研究推進事業『アジア地域の環境保全』(1999~2002年)のプロジェクト「地域社会に対する開発の影響とその緩和方策に関する研究」の代表者として、ソロモン諸島、中国・海南島、沖縄列島を対象に、地域研究のノウハウを最大限に活用した研究を8分野にわたる理系、文系の研究者を巻き込んで展開した。具体的には、人類生態学、文化人類学、人文地理学、農学、人類遺伝学、医学・ウイルス学、地球化学などさまざまな方法論に基づく地域研究の成果を結びつけることによって、ヒトの適応形態をより詳細かつ総合的に考察できることを展望し、実践したのである。
同氏の地域研究モデルは、先端諸学の発展によって学問環境が著しく専門が細分化している状況のなかで、既成の学問の枠にとらわれず、関連する諸分野の研究成果を機能的に連結し、より包括的な研究を実践しようという、いわゆるシステムサイエンス的な発想に基づいている。この研究モデルは、その後の地域研究に新たな道筋をつけるという大きなインパクトを与えた。
大塚氏の地域研究モデルの根底には、人口・食糧・環境・疾病問題など現代社会が抱える課題の解決に有用な科学的知見を調査探求するという視点がある。今日的で地球的な諸課題の深刻さは、その根本的治癒につながる道筋が容易に見えてこないところにある。人類生態学は現実の問題を技術的な方策でもって是正することはできないが、過去に起こった、あるいは進行中の同種の事例を分析し、それを主軸とする地域研究を進めることによって、我々に対して警鐘や将来に対する展望を与えることができることを立証したのである。
時代の要請に応えられる地域研究はどうあるべきか、いかに実践するか、という地域研究のもつ根源的な課題に果敢に取り組み、その学問的・教育的・社会的価値を多方面に展開させた大塚氏の貢献は多大なものがある。その成果の一端は、地球規模の人間―環境系の変遷史をわかりやすく解説した『ヒトはこうして増えてきた:20万年の人口変遷史』(2015年 新潮社)に結実している。地域研究が目指すひとつのモデルとして高く評価できる。
以上の理由から、選考委員会は大同生命地域研究賞の授与を決定した。
(大同生命地域研究賞 選考委員会)