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阪本 寧男 氏
略 歴

阪本 寧男

現職 :
京都大学 名誉教授
最終学歴 :
アメリカ・ミネソタ州立大学修士課程終了(1962年)
主要職歴 :

1954年 国立遺伝学研究所研究員

1974年 京都大学農学部助教授

1984年 京都大学農学部教授

1994年 京都大学農学部定年退職

1994年 京都大学名誉教授

2003年 退職

現在に至る
主な著書・論文
  1. 『雑穀博士 ユーラシアを行く』昭和堂.2005

  2. 『民族植物学からみた農耕文化』農文研ブックレットNo.15.農耕文化振興会、1999

  3. 『アオバナと青花紙-近江特産の植物をめぐって-』(共著)サンライズ出版.1998

  4.  Origin and Ethnobotany of Glutinous Perisperm Starch Found in a Species of Grain Amaranths, Amaranthus  hypochondriacuslearning L.Intercultural Studies, Ryukoku Univ.1:124-133  1997

  5.  Glutinous-endosperm Starch Culture Specific to Eastern and Southeastern Asia. Refinding Nature: Ecology,Culture  and Domestication(Ellen,R.and K.Fukui eds.),Berg Publishers, Oxford:215-231. 1996

  6. 『ムギの民族植物誌-フィールド調査から-』学会出版センター.1996

  7. 「半栽培をめぐる植物と人間の共生関係」『講座 地球に生きる 4.自然と人間の共生』雄山閣、17-36.1995

  8. 「雑穀とモチの民族植物学」『日本文化の起源-民族学と遺伝学の対話-』講談社、199-223.1993

  9. 「スペルタコムギの収穫法をめぐって」『農耕の技術と文化』集英社、100-117.1993

  10. 『インド亜大陸の雑穀農牧文化』(編著)学会出版センター、1991

  11.  The Cytogenetic Evolution of Triticeae Grasses. Chromosome Engineering in Plants: Genetics, Evolution Part  a(P.K.Gupta and T.Tsuchia eds), Elsevier:469-481.1991

  12. 『モチの文化誌-日本人のハレの食生活-』中央公論社、1989

  13. 『雑穀のきた道-ユーラシア民族植物誌から-』日本放送出版協会、1988

  14. 「日本とその周辺の雑穀」『日本農耕文化の源流』日本放送出版協会、61-106.1983

  15. 「穀物における貯蔵澱粉のウルチーモチ性とその地理的分布」『澱粉科学』29(1).1983

  16.  Genetic relationships among four species of the genus Eremopyrum in the tribe Triticeae, Gramineae. Memoirs Coll.  Agric., Kyoto Univ.114:1-27. 1979

  17.  Patterns of phylogenetic diffedentiation in the tribe Triticeae. Seiken Ziho 24:11-31,1973

  18.  Intergeneric hybridization between Eremopyrum orientale and Henrardia persica, an example of polyploid species  formation. Heredity 28:109-115,1972

  19.  Collection and preliminary observation of cultivated cereals and legumes in Ethiopia. Kyoto University African  Studies7:109-115,1972

  20.  Arisaema triphyllum, Jack-in-the-puplit, in Minnesota, especially at the Cedar Creek Natural History Area. Proc.  Minnesota Acad. Sci. 29: 153-168.1962

以上のほか、現在に至るまで論文著書多数

備考 :1964年 農学博士(京都大学)

業績紹介

「アフロ・ユーラシア地域における栽培植物の起源・変異・伝播と食文化の解明への貢献」に対して

 阪本寧男氏は、アフロ・ユーラシア地域における栽培植物、とくに雑穀の起源・変異・伝播およびその食文化の解明に多大な貢献をした民族植物学研究者である。

 

 フィールドワークの魅力にとりつかれたのは1966年のトランスコーカサスの調査であった。そして、1967年にエチオピア高原を訪れ、アフリカ独自の穀類であるテフの畑に佇んだ時に、その「素朴な美しさ」にとても強く惹かれたことが、雑穀研究へ傾倒する一大転機になったという。1972年に新設された京都大学農学部植物生殖質研究施設の栽培植物起原学部門の助教授に採用されると、冬作のコムギ類と夏作の雑穀を対象として一年中解析的な研究に従事した。同時に、日本およびその周辺地域、東南アジア、インド亜大陸、ユーラシア西南部、ヨーロッパ、アフリカの各地に残る貴重な在来品種を収集し、それらの系統を保存し、古老から伝統文化について聞き込むフィールドワークを精力的に実施した。

 

 当時、経済価値が認められない雑穀のような栽培植物にはまったくと言ってよいほど関心が払われることはなかった。それに対して、阪本氏はそのような栽培植物こそ、われわれの生活にもっとも強く結びついた、もっとも大切な「文化財」であるということを強調した。栽培植物の地方品種を収集する際には必ず、その栽培植物の地方名、栽培様式、利用法など特定の品種のもっている文化的情報についても、できるだけ完全な形で収集し保存していく姿勢を貫いた。つまり単に有用な「遺伝資源」の系統保存としてのみ位置づけるのではなく、「文化資源」として栽培植物の地方品種とその文化的情報をセットで保存していく民族植物学的フィールドワークにより、新たな栽培植物研究の扉を切り拓いたのである。

 

 阪本氏の主要な研究成果としては、(1)「雑穀のきた道」とキビ・アワの地理的起源の解明、(2)モチ性穀類の分布とその民族植物学的意義とくに「モチ文化起源センター」があげられる。

 

 「雑穀のきた道(ミレット・ロード)」、すなわち雑穀の栽培起源、系統分化ならびに伝播ルートはどのようなものだったのか。阪本氏は、精力的に収集した雑穀のサンプルの解析に、伝統的な調理法や利用法に関する情報を合わせて、キビ・アワの地理的起源についての新説を提出することに成功した。

 

 アフガニスタンとインドには遺伝的に未分化と思われる地方品種群が分布していることから、アワは従来考えられてきた中国北部起源の雑穀ではなくて、アフガニスタンからインドにかけての地域で栽培化されたと考えた。またキビについては、キビにきわめて近縁の雑草が中央アジアを中心に、東は中国東北部から西は東ヨーロッパまで広く分布しており、この植物がキビの祖先野生型と考えられる可能性が高いことから、キビもアワと同様の地域で栽培化されて、この地域より、遺伝的に分化しつつユーラシア大陸を東西に伝播し、各地域における長い栽培の歴史の過程で各地に独自の地方品種群が成立していったとする、キビ・アワの地理的起源地域に関する新しい仮設を提出した。

 

 また阪本氏は、キビやアワの伝統的な調理法についても丹念な記録を積み重ねたことにより、アジア東部においては粒食が主なのに対して、東南アジア、インド以西からヨーロッパまではひき割り粥や粉食が主であり、ユーラシアでも東と西では調理法に変異のあることを明らかにし、これがキビとアワの起源地域を推定する一つの傍証となることを提示した。

 

 次に、モチ性穀類の分布についてである。アワには種子の内胚乳に貯蔵されたでんぷんにウルチ性とモチ性の品種があることが知られている。阪本氏は他の植物についても調べ、7種のイネ科穀類(そのうち4種は雑穀のアワ、キビ、モロコシ、ハトムギ)のモチ性品種はすべてアジア東部(東アジア・東南アジア)にのみ分布し栽培されていることを解明した。不思議なことに、モチ性の穀類は、インド以西のユーラシア大陸、アフリカ大陸、南北両アメリカ大陸にはまったく見出されず、それらの地域に栽培されるイネ科穀類はすべてウルチ性の品種であった。そして、東南アジア大陸部のアッサム、ミャンマー北部、タイ北部・東北部、ベトナム北部、中国西南部を含む地域には、多種類のモチ性穀類が栽培され、そこにはさまざまなモチ性穀類を利用する食文化、すなわちモチ文化が見出せるため、「モチ文化起源センター」と名づけた。

 

 以上のような、アフロ・ユーラシア地域の栽培植物に関する民族植物学的研究に加えて、阪本氏の学術コミュニティへの顕著な貢献としては、「民族自然誌研究会」の発足がある。第1回研究会(1995年10月)以来、「伝統に培われてきた先人のすばらしい知識や知恵を実証的に研究し、それらから多くのことを学ぶこと」を目的に、現在(2017年4月)まで86回を数える研究会として続いている。

 

 「何はともあれ自分の足で歩いて研究材料を収集」するフィールドワークの価値と面白さ、また「種子から胃袋まで」といった調査範囲を広くとることの意義と研究活動の展開、ひいては、地域に根づいて地に足つけた生きざまそのものが、多くの人びとと若い世代のフィールドワーカーを魅了し続けている。

 

 以上の理由から、選考委員会は大同生命地域研究賞の授与を決定した。

(大同生命地域研究賞 選考委員会)