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楊 海英(大野 旭) 氏
略 歴

楊 海英

現職 :
静岡大学人文社会科学部 教授
最終学歴 :
総合研究大学院大学 文化科学研究科 博士課程修了(1994年)
主要職歴 :
1995年 関西外国語大学外国語学部 講師
1997年 中京女子大学人文学部 助教授
1999年 静岡大学人文学部 助教授
2006年 静岡大学人文学部 教授
現在に至る
主な著書・論文
  1. 『チベットに舞う日本刀―モンゴル騎兵の現代史』〔文藝春秋, 2014〕414 頁
  2. 『ジェノサイドと文化大革命―内モンゴルの民族問題』〔勉誠出版, 2014〕482 頁
  3. 『中国とモンゴルのはざまで―ウラーンフーの実らなかった民族自決の夢』〔岩波書店, 2013〕280 頁

  4. 『植民地としてのモンゴル―中国の革命思想と官制ナショナリズム』〔勉誠出版, 2013〕256 頁

  5. Ulanhu, A Nationalist Persecuted by the Chinese Communists ― Mongolian Genocide during the Chinese Cultural Revolution (afro-eurasian inner dry land civilization collection 5),  omparative Studies of Humanities and Social Sciences Graduate School of Letters, Nagoya University, 2013, 102p.

  6. ⑥『続 墓標なき草原―内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』〔岩波書店, 2011〕336 頁

  7. 『墓標なき草原―内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』(上巻276 頁, 下巻290 頁)〔岩波書店, 2009〕(第十四回司馬遼太郎賞受賞。2014 年に台湾八旗文化出版社より中国語版出版)

  8. 『モンゴルのアルジャイ石窟―その興亡の歴史と出土文書』〔風響社, 2008〕362 頁

  9. 『モンゴルとイスラーム的中国―民族形成をたどる歴史人類学紀行』〔風響社, 2007〕(2014 年1 月に文藝春秋ライブラリー) 410 頁

  10. 『モンゴル草原の文人たち―手写本が語る民族誌』〔平凡社, 2005〕273 頁

  11. 『チンギス・ハーン祭祀―試みとしての歴史人類学的再構成』〔風響社, 2004〕358 頁

  12. 『草原と馬とモンゴル人』〔日本放送出版協会(NHK ブックス), 2001〕204 頁

  13. 『《金書》研究への序説』〔国立民族学博物館, 1998〕335 頁

以上のほか、現在に至るまで論文著書多数

備考 :1994年  博士(文学)(総合研究大学院大学)

業績紹介

「モンゴル及び中国西北部に住む諸民族の歴史と文化に関する研究」に対して

 楊海英(大野旭)氏は社会主義中国の北部と西北部に住むモンゴル系諸民族の近現代史と文化に関する研究課題をグローバルな視点で発掘し、「北・中央アジア遊牧民族史」という縦の歴史軸と「国際関係」という横の脈絡のなかで再構築してきた。氏の知的関心は広く、深く、その一連の研究成果は国際的にも高く評価されており、日本の斬新な地域研究の一頁を飾るものとして注目されている。


 第一に、楊海英氏の研究には鮮明な現地からの視点が貫かれている。彼は終始一貫としてモンゴル社会に豊富に伝わる手写本(古文書)と口伝資料(インタビュー)を同時に駆使してきた。まず、チンギス・ハーンを民族の開祖と見なすモンゴル系諸集団が13 世紀から維持してきた「チンギス・ハーン祭祀」という政治儀礼に注目した。祭祀と儀礼が北・中央アジアの遊牧民を結束させてきた役割を歴史人類学の手法で解明した。また、「シルクロード草原の道」に位置するアルジャイ(阿爾寨)石窟内に残る仏教文化の年代と性質を特定する際も、考古学者があまり注意を払わなかった出土文書と民間伝承の分析から着手して、遺跡はモンゴル帝国期のものであることを突き止めた。楊海英氏と現地文化財保護関係者の努力が実り、アルジャイ石窟は現在、中国の重要文化財に指定されている。


 チンギス・ハーン祭祀そのものと、それに関連する遺物類は近代モンゴル系諸集団の政治的なシンボルともされ、国民国家としてのモンゴル国(旧モンゴル人民共和国)が成り立つ際の争奪の対象となった。こうした近現代史には満洲と内モンゴルに進出した日本も関わっている。楊海英氏は、モンゴル人たちが如何に日本統治時代を経験し、近代化の道のりを歩んできたかを現地の視点から再現している。氏のこうした地域研究は、日本の研究者たちが日本語の資料に依拠して、日本側の営為に重点を置いてきた成果と双璧となり、近現代史の全容解明に大きく貢献している。


 さらに、モンゴル人が日本と特殊な近現代的関係を創成してきたがゆえに、のちに1966 年からの文化大革命期に入ると、歴史の再清算の対象とされた。政府の公文書と「紅衛兵新聞」、それに当事者たちの口述資料に基づいて書かれた『墓標なき草原―内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』は日本で版を重ねているだけでなく、モンゴル語と中国語にも翻訳刊行され、英語版と韓国語版も進行中である。民族誌とともに上梓した、7 冊に及ぶ『内モンゴル自治区の文化大革命』資料シリーズは世界各国の現代史研究家から貴重な一次資料として高く評価されている。「20 世紀の10 大歴史的事件の1つ」にカウントされている文化大革命が少数民族地域においてどのように発動されたのか、国際社会と如何に連動していたのかについても、楊海英氏の研究成果は大きく寄与している。

 第二に、楊海英氏は日本に留学して、日本における文化人類学的な学問訓練を受けて育った地域研究者であることを申しそえておきたい。彼は、東西冷戦が終結を迎えつつも社会主義陣営の諸国がどのように民主化するのかという転換期の1989 年春に我が国に留学した。彼が日本語で書いた『チンギス・ハーン祭祀―試みとしての歴史人類学的再構成』はモンゴル語に翻訳されただけでなく、今や現地において祭祀活動をおこなう際の典拠として位置づけられている。これは、日本の学術研究の成果が、現地出身者を通して、現地へフィードバックしていった好事例であると評価できよう。我が国を根拠地として、国際的に活躍している楊海英氏の活躍は、今後、さらに多くのアジア各国の若者たちにとって、日本においてその研究手法を学び、学術的成果を国際的に発信していく先駆的事例となるだろう。


 以上のことから、楊海英(大野旭)氏が一層の発展と可能性を託された研究者であり、地域研究奨励賞にふさわしいと評する

(大同生命地域研究賞 選考委員会)