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椎野 若菜 氏
略 歴

椎野 若菜

現職 :
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 准教授
最終学歴 :

東京都立大学大学院社会科学研究科

      社会人類学専攻 博士課程単位取得退学(2002年)
主要職歴 :
1998年  日本学術振興会特別研究員(DC1)
2002年  日本学術振興会特別研究員(PD)
2006年  東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助手
2007年 同上助教(職制変更による)
2010年 同上准教授
現在に至る
主な著書・論文
  1. ケニア・ルオ社会における象徴的『家』とその展開」小池誠・信田敏宏編『生をつなぐ家―親族研究の新たな地平』〔風響社, 2013〕
  2. 'The "Group" called the Kenya Luo: A Social Anthropological Profile', Kaori Kawai ed., Groups: The Evolution of Human Sociality, 〔Trans Pacific Pr., 2013〕
  3. 『「シングル」で生きる―人類学者のフィールドから』(編著)〔御茶の水書房, 2010〕
  4. 『来たるべき人類学シリーズ セックスの人類学』(共編)〔春風社, 2009〕
  5. 『結婚と死をめぐる女の民族誌―ケニア・ルオ社会の寡婦が男を選ぶとき』〔世界思想社, 2008〕
  6. 「日本におけるアフリカ研究の始まりとその展開―国際学術研究調査関係研究者データベースを使って」〔『アジア・アフリカ言語文化研究』75, 2008〕
  7. 'Movements of the Luo and changes in residential patterns from the second half of the 19th century to the British colonial period and the present age in Kenya's South Nyanza region' 中林伸浩編『東部および南部アフリカにおける自由化とエスノナショナリズムの波及』(H17-19基盤A成果報告書)〔金沢大学, 2008〕
  8. 『やもめぐらし―寡婦の文化人類学』(編著)〔明石書店, 2007〕
  9. 「ケニア・ルオの生活居住空間(ダラ)―その形成と象徴的意味の変化―」河合香吏編『生きる場の人類学―土地と自然の認識・実践・表象過程』〔京都大学学術出版会, 2007〕
  10. 「『寡婦相続』再考-夫亡きあとの社会制度をめぐる人類学的用語」 〔『社会人類学年報』29, 2003〕
  11. 「寡婦が男を選ぶとき-ケニア・ルオ村落における代理夫選択の実践」〔『アフリカ研究』59, 2001〕
  12. 「『コンパウンド』と『カンポン』―居住に関する人類学用語の歴史的考察」 〔『社会人類学年報』26, 2000〕
  13. Death and Rituals among the Luo in South Nyanza.〔African Study Monographs 18(3・4), 1997〕

以上のほか、現在に至るまで論文著書多数

備考 :2005年  博士(社会人類学)(東京都立大学)

業績紹介

「ケニア・ルオ族のジェンダー論・生活誌・社会誌の相関・統合研究」に対して

 椎野若菜氏はケニア西部のルオ族社会を主たるフィールドとして、調査と研究を積み重ねてきました。その調査は、外国人研究者の参与調査というレベルを越えて、いわば「日系ルオ人」による往還調査ともよびうるものです。氏を「日系ルオ人」と表現するのは、氏が対面的な二者関係をアメーバー状に増殖・累積させて、ルオ族社会のなかに多重かつ柔軟なネットワークを築き、そのなかで生活し調査していることを指します。その立ち位置は、「日系ルオ人」研究者というのがふさわしいと考えるからです。このように述べると、氏が「ルオ族オタク」と受けとられかねませんが、事実はまったく異なります。

 著書・論文のタイトルから窺えるように、氏の調査研究は、ジェンダー論・生活誌・社会誌の3つにまたがっていますが、その研究スタンスは、つぎのように表現できると考えます。ジェンダー論・生活誌・社会誌を各頂点とし、その重心に「日系ルオ人」としての氏が位座する三角形です。氏の研究の独自性は、頂点を個別に照射していくのではなく、重心から3頂点を同時に相関させて研究する点にあります。

 これまで氏が集中的に取り組んできたのは、ジェンダー論、なかでも個としてジェンダーが最も尖鋭に表出する寡婦です。しかし寡婦をジェンダー論のなかに封閉するのではなく、その生活誌を描きつつルオ社会のなかで寡婦として「生きること」の実存的な関係性、また社会誌を深めつつルオ社会のなかに寡婦として「あること」の存在論的な関係性という2つの関係性のなかで、寡婦論を展開しています。別の角度からいえば、特定の寡婦を対象とする場合でも、彼女の選択と行動を、個人・家族・社会の3次元からなる生活世界全体のなかで分析し統合する努力が払われていることです。

 ここにみられるように、氏の研究に通底しているのは、ジェンダー論・生活誌・社会誌を相関かつ統合的に作品として提示する姿勢です。業績紹介の題目「ケニア・ルオ族のジェンダー論・生活誌・社会誌の相関・統合研究」は、このような氏の研究内容にもとづく要約です。

 さらに氏の研究は、学位論文が『結婚と死をめぐる女の民族誌―ケニア・ルオ社会の寡婦が男を選ぶとき』として刊行された2008年以降、あらたな展開を見せています。それは、2つの方向においてです。

 1つは、各頂点からの研究主題の拡大です。ジェンダー論では、寡婦から寡夫・離婚者・非婚者などを包摂する「シングル」への拡大であり、社会誌では、村落から地方都市またナイロビへの展開であり、さらに生活誌では、消費への生業・生産の包摂です。これらを通じて、新たな三角形が大きく創出されていこうとしています。

 他の方向は、重心に立つ氏の位座が上方へと転位して、研究視野を拡大しつつあることです。それは、研究における三角形から三角錐への展開とよびうると思います。それによって、ルオ族を基盤としつつ、アフリカの他地域、また日本をふくむアジアとの比較の視座の獲得です。これに関連して、2つのことをつけ加えたいと考えます。

 2007年にウガンダ・マケレレ大学を初回として、以後、隔年に日本学術振興会ナイロビ研究連絡センターで開催されているアフリカ研究の国際シンポジウムです。氏は、そのオーガナイザーの1人として定期開催と運営に注力し、国際的な研究ネットワーキングの構築と連携研究の展開を目指しています。

 また日本でも、氏が中心となって、フィールドワークを個別分野の野外・臨地調査にとどめることなく、異文化理解・交流をめざす超領域的フィールドワークの確立をめざして、その理法・作法・技法をめぐる研究会をたちあげ、成果を叢書として順次刊行する計画が進行中であることです。

紹介者: 応地 利明
(京都大学名誉教授)