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佐藤 仁 氏
略 歴

佐藤 仁

現職 :
東京大学東洋文化研究所 准教授
最終学歴 :
東京大学大学院総合文化研究科博士課程(1998年修了)
主要職歴 :
1998年 日本学術振興会特別研究員(PD)採用
1998年 イエール大学Program in Agrarian Studies, Post-Doctoral Fellow
1999年 東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻助手
2000年 同大学 助教授
2004年 タイ政府天然資源環境省政策アドバイザー(JICA個別派遣専門家)
2009年 東京大学東洋文化研究所汎アジア部門准教授
2010年 プリンストン大学Democracy and Development Fellow(フルブライト研究員)
2011年 東京大学東洋文化研究所新世代アジア研究部門准教授
現在に至る
主な著書・論文
  1. Governance of Natural Resources: Uncovering the Social Purpose of Materials in Nature. (Jin Sato, ed.)〔United Nations University Press, 2013〕
  2. 「近代化と統治の文化―明治日本とシャムの天然資源管理」(平野健一郎ほか編)『国際文化関係史研究』〔東京大学出版会, 2013〕pp.171-192
  3. The Rise of Asian Donors: Japan’s Impact on the Evolution of Emerging Donors. (Jin Sato and Yasutami Shimomura, eds.) 〔Routledge, 2012〕
  4. 「戦後日本の対外経済協力と国内事情―原料確保をめぐる国内政策と対外政策の連続と断絶」『アジア経済』第53巻第4号〔2012〕pp.94-112
  5. "”Emerging Donors” from a Recipient Perspective: An Institutional Analysis of Foreign Aid in Cambodia", Jin Sato, Hiroaki Shiga, Takaaki Kobayashi, Hisahiro Kondoh 〔World Development. Vol.39, No. 12, 2011〕pp.2091-2104
  6. 『「持たざる国」の資源論―持続可能な国土をめぐるもう一つの知』〔東京大学出版会, 2011〕
  7. "Matching Goods and People: Aid and Human Security After the 2004 Tsunami" 〔Development in Practice Vol. 20, No. 1, 2010〕pp.70-84
  8. 「環境問題と知のガバナンス-経験の無力化と暗黙知の回復」『環境社会学研究』 第15号〔2009〕pp. 39-53
  9. 「問題を切り取る視点―環境問題とフレーミングの政治学」石弘之 編『環境学の技法』〔東京大学出版会, 2002〕pp.41-75
  10. 『稀少資源のポリティクス-タイ農村にみる開発と環境のはざま』〔東京大学出版会, 2002〕

以上のほか、現在に至るまで論文著書多数

備考 :1998年  学術博士(東京大学)

業績紹介

「人々の生存基盤としての資源論の確立を目指した相関的地域研究」に対して

 タイの少数民族が暮らす地域で、かれら森の人々が森林をどう生活に利用しかつその枯渇を避けるためにどういう管理の仕組みを発達させてきたのかを、フィールド調査で克明に観察し分析する。その成果をまとめ上げた博士論文を拡充して『稀少資源のポリティクス―タイ農村にみる開発と環境のはざま』*1 を上梓した。そこで、ローカル、ナショナル、グローバルというそれぞれのレベルにおいて顕在化してきた希少性の差異によって、資源管理のあり方が規定されるとともに、住民を資源から排除することにもなることを明らかにしている。「ポリティカル・エコロジー」とも呼ばれるこの研究が佐藤氏の地域研究の出発点となった。

 それ以降の研究を少し紹介しておこう。ミャンマー、ラオス等からの研究者との共同研究を組織し、国境を越えて広がる森林資源管理の問題の解明をおこない、その成果を英文編著 Transboundary Resources and Environment in Mainland Southeast Asia*2 として公刊している。また、高度経済成長を実現させてきた東南アジア地域では氏が研究対象として付き合ってきた森の人々は「貧困層」となっている。この貧困化の要因に関して、氏が研究指導を受けたことのあるノーベル経済学賞を受賞したA.K.センが強調している、人々がどういう財や資産の利用に権原エンタイトルメントをもっているかという論点に焦点をあてて解明するべきことを提唱している(「貧しい人々は何をもっているか―展開する貧困問題への視座」*3)。

 以上のような森林などの資源の利用・管理の研究のまとめとして、 「現場における人々の工夫や総合の実践を拾いあげ、それらを国境を越えて縦横無尽につなぎながら励ますような知的営為」としての「人々の資源論」の構築が必須であることを強調している(『人々の資源論―開発と環境の統合に向けて』*4)。森の人々の集落でのフィールド調査、資源管理に関する行政学的アプローチと貧困分析のための経済学的アプローチ、多様な地域間の比較研究。こういった多角的なアプローチを「相関」させるというのが、佐藤氏の地域研究の基本的姿勢となっているのである。

 さらに、森林といったローカル・コモンズを越えて、我々人間の生活の維持・拡大にとって必要とされる自然が産み出した、通常「資源」と呼ばれている様々な有用物に研究対象を広げ、その利用・管理の仕組みの解明をおこなっている。その一環として、我が国での「資源」論の歴史を公文書館に保存されている資料調査を踏まえて解明する仕事を完成させている。たとえば、資源といった概念の普及に戦前の軍が重要な役割を果たしたことや、1941年に設置された南方資源研究会の活動を通じて東京帝国大学の教官が東南アジアの資源調査に深くかかわっていたこと。こういったことに、戦後日本の政府関係者が資源問題をどう考えそれに取り組んできたかという歴史を整理した『「持たざる国」の資源論―持続可能な国土をめぐるもう一つの知』*5 を世に問うている。また、こういう作業をふまえて日本と東南アジア諸国の資源管理を比較する試みにも取り組んでいる。その成果が「近代化と統治の分化―明治日本とシャムの天然資源管理―」*6 である。氏の研究に、歴史、比較史といった分野も付け加わってきているのである。

 以上のような研究の中核とは、少し毛色が異なっている研究もおこなっている。地震の直後にタイ南部被災地で援助物資が被災者に分配されるメカニズムを調査し、またタイ政府の行政対応と日本の援助のあり方を批判的に解明している。“Matching Goods and People: Aid and Human Security After the 2004 Tsunami”*7 と「スマトラ沖地震による津波災害の教訓と生活復興への方策:タイの事例」*8 は、エンジニアリングが主流となっている災害対策研究に、地域研究の視座から新風を吹き込んだものといってよい。もうひとつは、東南アジア諸国自身が最近援助を供与しはじめた過程や要因を解明しようという研究である。援助受入から供与への変質という視点から、1950年代の日本と今日の東南アジアを比較しているのが、氏が編纂した The Rise of Asian Donors: Japan’s Impact on the Evolution of Emerging Donors*9 である。

 地球環境問題の悪化にともない、人類と地域社会の生存基盤の崩壊が強く危惧されるようになっている21世紀初頭の現在、森林資源を含めた多様な資源の利用・管理についての、ローカル、ナショナル、グローバルという重層的なレベルでのガバナンスのあり様の解明が必須の研究課題となっている。このような時代環境を踏まえると、様々な研究分野を越境する飛躍力を持ち、また地域理解だけにとどまることなく、地域に働きかける可能性の解明まで含めた地域研究の確立を目指してきた佐藤氏の業績が、地域研究奨励賞を授与するに全くふさわしいことには多言を要しないであろう。



*1  東京大学出版会, 2002年

*2 Shokado, 2010年

*3 小林誉明・下村恭民(編)『貧困問題とは何であるか』勁草書房, 2009年, P.1~24

*4  明石書房, 2008年

*5   東京大学出版会, 2011年

*6  平野健一郎ほか編『国際文化関係史研究』東京大学出版会, 2013年, P.171~192

*7 Development in Practice Vol.20, no.1, 2010年, P.70~84

*8 『地域安全学会論文集』第7巻, 2005年, P.433~442

*9 Routledge-GRIPS Development Forum Studies, 2012年

紹介者: 原 洋之介
(政策研究大学院大学 特別教授)