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田辺 明生 氏
略 歴

田辺明生

現職 :
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 教授
同研究科附属現代インド研究センター センター長
最終学歴 :
東京大学大学院総合文化研究科中退(1993年)
主要職歴 :
1993年 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助手
1998年 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科助教授
2004年 京都大学人文科学研究所助教授(2008年より准教授)
2009年 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授
2010年 同研究科附属現代インド研究センター長
現在に至る
主な著書・論文
  1. 『カーストと平等性―インド社会の歴史人類学』〔東京大学出版会, 2010年〕
  2. 『歴史のなかの熱帯生存圏-温帯パラダイムを超えて』(共編著) 〔杉原薫・脇村孝平・藤田幸一・田辺明生編,京都大学学術出版会,2012〕
  3. 『南アジア社会を学ぶ人のために』(共編著) 〔田中雅一・田辺明生編,世界思想社,2010年〕
  4. 『地球圏・生命圏・人間圏――持続的生存基盤とは何か』(共編著) 〔杉原薫・川井秀一・河野泰之・田辺明生編,京都大学学術出版会,2010年〕
  5.  The State in India: Past and Present 〔co-edited with Masaaki Kimura, New Delhi: Oxford University Press, 2006〕
  6. Dislocating Nation-States: Globalization in Asia and Africa〔co-edited with P.N. Abinales and N. Ishikawa, Kyoto and Melbourne: Kyoto University Press and Trans Pacific Press, 2005〕
  7. Gender and Modernity: Perspectives from Asia and the Pacific〔co-edited with Y. Hayami and Y. Tokita-Tanabe, Kyoto and Melbourne: Kyoto University Press and Trans Pacific Press, 2003〕
  8. 「現代インド地域研究―私たちは何をめざすか」〔『現代インド研究』第1号,2011年〕
  9. “Toward Vernacular Democracy: Moral Society and Post-Postcolonial Transformation in Rural Orissa, India.”〔American Ethnologist 34 (3), 2007〕
  10. “Recast(e)ing Identity: Transformation of Inter-Caste Relationships in Post-Colonial Rural Orissa.”〔Modern Asian Studies 40(3), 2006〕
  11. “The System of Entitlements in Eighteenth-Century Khurda, Orissa: Reconsideration of 'Caste' and 'Community' in Late Pre-Colonial India”〔South Asia 28(3), 2005

以上のほか、現在に至るまで論文著書多数
備考 :2006年 学術博士(論文博士 東京大学)

業績紹介

「インド社会の歴史人類学的研究」に対して

 田辺明生氏の主要な研究領域は、インド社会の歴史人類学である。氏は、「院生として現地調査に向かうころから、フィールドワーカーにしか書けないような歴史を、そして歴史の深みに分け入ったものにしか書けないような民族誌を、いつか書いてみたいと思っていた」と語っている。その志を実現するためのフィールドワークの地、それは東インドのオリッサ地方であった。氏は、この地方に焦点を当て、植民地化される以前の18世紀から、植民地期を経て現在に至るまでの社会の構造とその変化を、歴史史料の解読・分析とフィールドワークを接合した研究として、あるいは社会変化をめぐる理論研究として展開してきた。その研究成果は、主な著書・論文に見るとおり単著、共編著、論文、研究ノート等、まことに多数に上る。

 一昨年、それらの研究を集大成する浩瀚なモノグラフ『カーストと平等性―インド社会の歴史人類学』(東京大学出版会 576頁)が公刊された。田辺氏が切り拓いてきた「インド社会の歴史人類学的研究」とその画期的貢献は、本書に集約されていると言ってよいだろう。

 本書は、過去300年にわたるインドの地域社会の歴史的変容と現代的動態を、通算6年余にわたるフィールドワークと田辺氏自身が在地社会で発掘・入手した新史料の解読・解析とによって描き出した力作である。貝葉文書、地方文書、土地台帳、政府資料そしてオーラルヒストリーに基づく分析を、民族誌的調査の成果と接合することによって、オリッサ州クルダー地方の農村社会における日常世界の変容を精緻に描き出すとともに、その変容をリージョナルあるいはグローバルなポリティカル・エコノミーの流れと照らし合わせることによって、地域社会の動きを国家や市場の歴史的動態との相互作用の中でとらえているところに、本書の優れた特長がある。

 本書の主要なねらいは、当該地域社会において1990年代半ばから顕著となった低カーストの政治参加という民主化に伴う社会変容を、長期の歴史のなかのカースト間関係の変化のなかで理解することにある。田辺氏は、現在のインド地域社会の民主化は、外から導入された新たな理念や制度の働きによるばかりでなく、地域の当事者たちが歴史的に蓄積された社会関係や文化的価値を行為主体的に再解釈・再構築することによって可能になったものであることを、豊富なデータと緻密な論理展開によって説得的に示している。

 とくに、これまでインド社会論において政治的権力構造やカースト・ヒエラルヒーへの過剰な注視によって見失われてきた、インド社会の深層を貫く「存在の平等」という価値を掘り起こし、1990年代半ば以降の民衆主導の民主化――田辺氏が言うところの「ヴァナキュラー・デモクラシー」――の契機がこの価値に裏打ちされたものであると論じたことは注目される。こうした議論は、過去と現在を通覧する田辺氏の鋭い洞察によって初めて可能になったものである。

 本書は、歴史学と人類学をデータ的にも理論的にも真の意味で接合したたぐいまれな歴史人類学のモノグラフである。歴史と現在そしてミクロとマクロを自在に往復しながら論じる、その独自で秀逸な視角と方法は、人類学、歴史学および地域研究の新たな展開を示す画期的なものである。さらに本書は実証性において優れているだけでなく、カーストと王権と宗教に関する論争はもとより、現代インドの政治経済・社会状況をめぐる議論、さらには社会理論や政治哲学までを見据えた、広くかつ深い理論的射程を備えている。それは、インターディシプリナリーというにとどまらない、真に総合的な人間理解への著者の志を表すものであり、人類学、歴史学、政治学、哲学などの多岐にわたる分野に波紋をもたらしている。

 

 田辺氏はこれまで、国際的にもスケールの大きな研究活動を展開してきた。主な著書・論文に見るように、研究成果の多くを英文で出版し、また多くの国際学会で積極的に報告して、高い評価を得ている。

国内でも、2007年度から開始された京都大学のグローバルCOE「生存基盤持続型の発展を目指す地域研究拠点 」において、イニシアティブ4「地域の知的潜在力研究」のリーダーを3年間担ったほか、2010年4月から本格始動した、人間文化研究機構の「現代インド地域研究」推進事業では、京都大学を中心拠点に、東京大学、広島大学、国立民族学博物館、東京外国語大学、龍谷大学の全6拠点を束ねる総括責任者を務めている。

 こうした田辺氏の学術活動を高く評価し、さらにまた現代インド地域研究の新たな展開を期待して、地域研究奨励賞の受賞にふさわしいと考える次第です。

紹介者: 池端 雪浦
(東京外国語大学名誉教授)