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遠藤 環 氏
略 歴

遠藤 環

現職 :
埼玉大学大学院 人文社会科学研究科 准教授
最終学歴 :
京都大学大学院 経済学研究科 博士後期課程単位取得退学(2004年)
主要職歴 :

2001年 日本学術振興会(DC1)

2004年 日本学術振興会(PD)

2008年 埼玉大学経済学部 講師

2011年 埼玉大学経済学部 准教授

2015年 埼玉大学大学院 人文社会科学研究科 准教授

     現在に至る
主な著書・論文
  1. 遠藤環「タイのインフォーマル経済と新しい社会保障制度の模索(連載:ポスト人口ボーナスのアジア4)」、『東亜』No.619、2019年1月、pp.94-105

  2. 遠藤環・伊藤亜聖・大泉啓一郎・後藤健太編『現代アジア経済論:「アジアの世紀」を学ぶ』、有斐閣、2018年3月

  3. Endo, T., and M. Shibuya. “Urban Risk, Risk Response and Well-being in Asian Cities: The case of Tokyo, Shanghai and Bangkok”, Procedia Engineering, 2017, pp.976-984

  4. 遠藤環・青山和佳、韓載香[訳](カビール, ナイラ著)『選択する力:バングラデシュ人女性によるロンドンとダッカの労働市場における意思決定』、ハーベスト社、2016年。(監修、翻訳、解説を担当) 

  5. 遠藤環「『アジア化するアジア』と地域経済の再編:タイにおけるメガリージョンの形成と都市機能の変化」(企画特集:「アジアの地域経済・地域政策」)、『地域経済学研究』第31号、2016年、pp.2-18

  6. Endo, Tamaki. Living with Risk: Precarity & Bangkok’s Urban Poor, NUS Press in association with Kyoto University Press, Feb 2014

  7. Goto, K., and T. Endo. “Labor-Intensive Industries in Middle-Income Countries: Traps, Challenges and the Importance of the Domestic Market”, Journal of the Asia Pacific Economy. Vol. 19, Issue 2, 2014, pp.369-386

  8. Goto, K., and T. Endo. “Upgrading, relocating, informalising? Local strategies in the era of globalization: The Thai garment industry”, Journal of Contemporary Asia, Vol. 44. No.1, 2014, pp.1-18

  9. 遠藤環「バンコク都市下層民のリスク対応(第8章)」、速水洋子・西真如・木村周平編『人間圏の再構築:熱帯社会の潜在力』、京都大学学術出版会、2012年、pp.239-269

  10. 遠藤環『都市を生きる人々:バンコク・都市下層民のリスク対応』(地域研究叢書シリーズ)、京都大学学術出版会、2011年

  11. Endo, Tamaki. “Occupational Change and Upward Mobility of Low Income Residents in Bangkok”, 『東南アジア研究』Vol.48 No.2, 2010年、pp.131-154

  12. Endo, Tamaki. “From Formal to Informal? Global Restructuring and the Life Course of Women Workers in Thailand”, Gender, Technology and Development Journal, Vol.9 No.3, 2005, pp.347-372

  13. 遠藤環「バンコクの都市コミュニティとネットワーク形成(第13章)」、田坂敏雄編『東アジア都市論の構想-東アジアの都市間競争とシビル・ソサエティ構想』、御茶の水書房、2005年、pp.423-450

  14. 遠藤環「タイにおける都市貧困政策とインフォーマルセクター論:二元論を超えて」、『アジア研究』第49巻第2号、2003年、pp.64-85

以上のほか、現在に至るまで論文著書多数

備考 :2007年 経済学博士(京都大学)

業績紹介

「タイなどの都市住民の生活とインフォーマル経済の研究」に対して

 

 遠藤環氏は、経済学者として、地域研究者として、タイを中心とする東南アジア、北東アジアの諸国・地域における都市化の進展と都市計画の展開、そしてインフォーマル経済とそこに従事する下層都市住民のダイナミックな変容について、精力的な研究を続けている研究者である。同氏の研究および活動は次の4つの特長がある。

 

 第1は、主著である『都市を生きる人々-バンコク・都市下層民のリスク対応』(京都大学学術出版会、2011年)が、東南アジア地域研究に新たな地平を拓いたことである。

 この本は、バンコクの2つのスラムに住む人々の職業、居住形態、生活の履歴を丹念に追い、同時にスラム住民を襲った2つの予期できなかったリスク、つまり住民が雇用されていた工場の地方や海外への移転に伴う突然の失職と、火災による住居の喪失というリスクに人々がどのように対応していったのかを、2年間の参与観察とその後の複数の訪問調査によって明らかにした力作である。

 この本が画期的な点は、バンコク都市下層民ひとりひとりのライフヒストリーを再現しただけでなく、対象とする人々が自分たちの生活と職業をどのように意識し(自信や矜持を含めて)、将来をどのように展望しているのかを心の内面にまで分け入って分析しているところにある。

 従来、都市のスラム住民に対する政府の対策は、不安定なインフォーマル分野から安定したフォーマル分野に人々を「移動させる」ことが最も重要であるとみなされてきた。

 しかし、遠藤氏の研究によると、職業の安定性や収入の多寡だけではなく、仕事に対する自分自身の誇りや仕事の上での自由さ、将来自立していくことのできる可能性なども、人々の行動を規定する重要な要因であることが明らかにされた。

政府統計やサンプル調査を活用しての研究だけでは到達し得なかった貢献、すなわち参与観察をベースとした地域研究でなければ明らかにし得なかった重要な学術面での貢献である。

 

 第2は、2018年3月に刊行された新しいアジア経済論の教科書(遠藤環・伊藤亜聖・大泉啓一郎・後藤健太編『現代アジア経済論-「アジアの世紀」を学ぶ』有斐閣)の編集において、筆頭編者として中心的な役割を果たした点である。

 この本は、最近出版されたアジア経済に関する本のなかで最も質が高くまた刺激的な作品の一つである。この本は、「アジア経済の新局面」「越境するアジア」「躍動するアジア」「岐路に立つアジア」の4つの切り口から、序章、終章含めて合計15本の論文から構成されている。遠藤氏はこのうち6つの論文にかかわり、都市化やインフォーマル経済の問題だけでなく、現代のアジアを捉える新しい視点として何が重要かを常に問いかける姿勢を示している。

 

 第3は、ジェンダーや労働研究における国内外のネットワーク作りへの貢献である。

 遠藤氏のインフォーマル経済への関心は、もともとこの分野の主たる担い手が女性であったことと強く関係している。彼女は、アジアの労働やジェンダー問題に取り組むために、アジアのみならず積極的に欧米諸国のグループとも交流を進めてきた。また、この分野の本であるナイラ・カビール著『選択する力:バングラデシュ人女性によるロンドンとダッカの労働市場における意思決定』(ハーベスト社、2016年)の翻訳を、ほぼ同じ世代の研究者と共同作業で進め、日本国内でのネットワーキングでも大きな貢献を果たしている。

 

 第4は、遠藤氏が長年、日本タイ学会の運営(特にタイ研究者の定例研究会の企画と運営)に携わり、タイに関心のある若手研究者の交流と育成にも力を注いできた点である。2019年3月に定例研究会の幹事職を若手に譲ってから、タイをはじめ長年地域研究と現地調査に従事してきた人々の「オーラルヒストリー」の企画と記録作成を研究者仲間ともに開始した。これは目立たない作業ではあるが、若い世代へと地域研究をつなげる重要な仕事である。

 

 以上のとおり、研究内容および研究ネットワーキングの両方で地域研究を牽引する研究者としての遠藤環氏の業績を高く評価し、また今後のさらなる研究展開に期待して、「大同生命地域研究奨励賞」にふさわしい研究者として選考した。

(大同生命地域研究賞 選考委員会)